あさきゆめみし

　――朝の町。

　人がまだ動き出す前の、優しい風と、明るい静けさに包まれた空間。平凡で大切な、いつもが始まるその前の……平和な、世界。

　その世界の中を歩む、一つの影。

　その歩みは、まるで魚が水を楽しむかのように、いとおしげで、ゆるやかで。
　周りを見渡しながら、ゆっくりと歩くその姿は、町並みを、そこに存在する人々の息づかいを、全て逃すまいとしてる……そんな風にも、見える。

　影は、私に気づくと、その手を上げ、私の名を呼んだ。
　その名が合図だったかのように、影は、一瞬で、薄闇から人の身に姿を変える。
　あれは……あいつは、私の親友。

　身にまとった長いマントを、優しい風に揺らしながら、私のそばまでやって来て、笑う。

　その笑顔はまるで、穏やかな春色の陽。
　……私には、そう見えた。

　あいつを知る者に、あいつはどんなやつか、と聞けば、皆、口をそろえて言うだろう。『不思議なやつだ』と。


　強い力と、弱者を守り助けるという、揺るがぬ信念。
　その二つを持ちながらも、誰よりも穏やかで、思いやりを忘れない。
　いつだって、相手の考えを理解しようと努力する。
　見ている方が心配なくらいに優しいかと思えば、時には厳しく相手をさとす。

　どんな問題に直面しても、常に最良の選択を考え、そのために自分の全力を尽くすことを惜しまない。
　そのくせ、問題が解決すると、何の見返りも感謝も求めず、手柄はほとんど人に譲ってしまうのだ。

　それでどれだけ損をしようと、あいつは全く気にしない。
　たとえ、誰かがそれについて意見したとしても、

　――自分が納得できれば、それでいい。

　何のためらいもなく、そう答える。
　そして、

　――心配してくれて、ありがとう。

　そう言って、笑うのだ。
　あの穏やかな、春の太陽のような微笑みで。


　強くてまっすぐで、けれどやわらかいその姿。
　それは私にとって、理想で、目標で……誰よりも、憧れで。

　だから、決めたんだ。
　何があっても、あいつを守ろう。
　何が起こっても、自分の何を失っても、あいつだけは守りきろう。

　そう心に決めたんだ。
　そう、あの時にも……。

　――これは二人で手に入れたもの。
　　　だから、レオンと自分、二人のものだ。

　竜と戦う力をくれる、聖なる守り、ロンダキオン。
　冒険の果て、それを手にしたあの時。
　あの時もあいつは、そう言った。

　自ら使い手を選ぶと言う、伝説の守り、ロンダキオン。
　その守りに選ばれた者は、恐ろしい竜にも対抗できる力を得ると同時に、真の英雄と認められる。
　そして、そのロンダキオンが使い手と認め、英雄の称号を得たのは……あいつだった。

　それが当然と、どうしようもないこととは言え、心のどこかで自分が選ばれず、私が気落ちしていたことに、あいつは気づいていたのだろう。

　……本当は、私こそ、あいつを気づかうべきだったのに。

　ロンダキオンに選ばれたということは、恐ろしい竜と戦う、その宿命から逃れられないということに相違ない。
　あの時、あいつこそ内心では、その重圧を受けていたに違いないのに。

　……だがあいつは、私の方を気づかった。
　そして、続けて言ったんだ。

　――だから、このロンダキオンに、二人の誓いを立てよう。

　……このお守りが、竜にも対抗できるような強い力の持ち主だとしたら、立てた誓いに込めた願いも、きっと叶えてくれるのではないか、と。

　ずいぶんと都合のいい考え方だな、と私が言うと、そうかもしれない、とあいつは笑った。
　その笑顔につられ、私も笑う。

　二人で少し笑った後、あいつはそっと私の手を取った。
　そして二人の手をロンダキオンの上に重ねると、静かにこう言ったんだ。

　――二人で竜を倒して、一緒にみんなのところに帰ること。
　　　そしてまた、共に冒険に出ること。
　　　この二つを、ここに……
　　　このロンダキオンと、我が命に懸けて、誓う。

　……そう言ったあいつの瞳を、私は一生忘れない。

　まっすぐで澄んだ、決意に満ちた瞳の色。
　長い時間を共に過ごし、ずっと見てきたどの姿よりも、その瞳は印象的で……美しい、と思った。

　だから、思った。
　こいつを、この世界から失くしてはいけない。
　決して失ってはならないものなんだ、と。

　だから、私も。
　私も心の中で、ロンダキオンに誓い、そして願った。

　……何があっても、命に代えても、この剣でこいつを守る。
　願わくば、少しでも私に、その力を貸して欲しい、と。

　そう、心に誓いを立てた。
　だが……。

　現実は、非情だった。

　赤き竜との戦い。

　その最中、私は力尽き……そして、あいつは……。

　……私は、光を見失った。

　赤き竜への復讐の思い。
　ただそれだけを糧に生き延び、彼の竜を倒す力を求め、世界中をさまよった。

　流れゆく日々の中、自然と瞳に映る景色。
　雲ひとつない青空。人々の笑顔。通り過ぎる旅人の、長いマント。
　……大好きだったはずのその景色すら、私を内側からかきむしる。

　暗く晴れようのない闇。
　それが私の足元から広がり、私の行く先すべてを覆っているように見えた。

　――なぜなんだ、なぜ。

　なぜ、あの時、私は力尽きた。
　なぜ、あの時、せめて自分で撤退しなかった。
　なぜ、あの時、きみは私をかばった。

　私なんかよりきみの方が、きっとずっと、大事だったのに。
　世界にとっても……私に、とっても……。

　深い闇。彼の光景を絶え間なく映し続ける、暗闇の水鏡。
　その水面に何かが映り、私はその「何か」を見る。

　それは小さく、今にも消えそうな淡い光。
　だが、徐々にその光は強くなり……少しずつ、暗い水面を波紋と共に飲み込んでいく。
　闇を失くした水面に映るのは、私。
　光はそれでも消えることなく、そのまま私を照らし始める。

　……まぶしい。

　私は目を閉じ、そして自分を包むその光に、身を、沈めた。

　優しい光をまぶたに感じ、レオンは目を開けた。

　明るい日差しが窓からレオンを照らし、暖かい食事の匂いが、風にのって彼の前を通り過ぎていく。

　――おはよう。

　声が、聞こえた。……穏やかで、明るい声が。

　体を起こし、視線を向ける。
　声の主は、その手で開けたのだろう、日をさえぎる役目を持った厚手のカーテンをまとめながら、レオンに尋ねた。

　――なんだか、つらそうな顔をしていたけど。

　悪い夢でも見たのか、と問う相手に、レオンは答える。

　「ああ……悪い夢だ。
　　……昔の、な」

　相手の顔が、少しくもる。
　それを見てレオンは、軽く微笑み、言葉を続けた。

　「だが……夢は夢だ。
　　……終わらせてくれて、ありがとう」

　春の陽が、優しく部屋を、世界を包んでいく。
　夜の闇が深く寒いほど、その光は明るく……とても、暖かい。
　……レオンは、そんな風に感じていた。

――Fin

（以下コメントにつき薄字・見たい方はマウスでドラッグしてください。）

　赤ルートイメージ話第２弾。久しぶりに赤ルートをやったら、改めて「レオンEDが欲しかった」と思い、その勢いで書き上げてしまいました。
　一応、ラストは親友こと男女主人公とレティル、のどれにもとれるようにしてみたんですが……基本的に女主人公を使うんで、どうしてもそのイメージが強く出てる感が。
　ラストは主人公だったら、エンディングで旅立った後、レオンにまた会いに行った、というイメージ。レティルなら、レオン生存ルートで、主人公とＥＤをむかえなかった場合のイメージです。