日食の果て

　――充分だと、思った。

　……彼女を失って十年、私はずっと捜し求めてきた。
　竜への復讐だとか、あいつの遺志だとか、そんな風に言っていたが、それは、違う。
　本当に求めていたのは、本当に欲していたのは、たった一つ。

　……きみの、命。

　……戻ってこないと、思っていた。
　だから、きみの残したもの、触れたもの……それを捜し、手に入れることで、きみの望みを叶えることで……きみを感じたいと、そう思っていた。

　そのためになら、自身の命さえ、失くしてもいい。それできみを感じられるなら、それでもいい――本当に、そんな風にだって思ったんだ。

　けれど、きみは生きていた。

　あの頃のまま、私が太陽と感じた、そんなまっすぐな心のまま。
　そのままで、そして、私とは違う時間を過ごし――多くの仲間の……私の知らない誰かの、太陽になって……幸せそうに、笑って、いた。

　だから、もう……充分だと、思ったんだ。
　きみは、幸せそうで……私が勝手に立ち止まっていた時間を、動かなかった人生の時計を、きちんと歩んで、進めていて。

　だから……別れの言葉もそこそこに、立ち去ったんだ。
　私は、きみが生きている、それだけで、幸せだから。

　立ち止まっていた自分が……きみのいない時間、きみに言えないようなことをして、生きていた自分が、これ以上、きみの幸せを、汚すわけにはいかないから。

　もう二度と会うことがなくても、きみはきっと、幸せに生きる。その笑顔は、きっと変わらない。

　――そう、思ったから……きみに別れを告げた。

　……それなのに。

　「……どうしてきみは、私の横で歩いてるんだ？」

　横で歩く彼女は、私の問いに、にっこりと、笑った。

　「だって私、まだ誓いを果たしてないもの」

　果てのなさそうな緑の草原に響く、相変わらずの明るい笑顔に、声。

　本当に、にくらしいほど昔のままの姿で、彼女は笑い――ロンダキオンを、自分の荷ぶくろから取り出した。
　太陽の光を受けて、ロンダキオンは小さく、白く光る。

　竜との戦いが終わった今、ドワーフたちに返すという話もあったらしいのだが、選ばれた人物しか扱えない物を渡されても困るし、下手に所持していれば、伝説のアイテムを狙った悪漢が、ドワーフたちを襲うかもしれない。

　……結局、ロンダキオンに選ばれた彼女が持っているのが一番だ、と言う話になり、こうして持ち歩いているらしい。

　「……誓ったでしょう？二人で竜を倒して、みんなのところに帰ること……
　　それから、また、二人で一緒に冒険に出るってこと。
　　……それとも、私に誓いを破れって言うの？」

　そう言って、明るく笑って、足を速める。
　……私は、彼女のまとう緑のマントが揺れるのを見ながら、大きくため息をついた。

　「……きみは本当に、変わらないな」

　……思えば、出会ったときから、そうだった。

　出会ったばかりのころも、抗い、無視する自分に、強引につきまとった。

　柔らかく、人当たりもいい。人の意見を聞き、いつも最善の結果を目指し行動する。
　……しかし、その代わり、深く考えて決めたことは、その底にある信念は、頑として変えようとしない。そういった時の頑固さは、自分以上だ。

　もっとも、そういう似た部分……自分と共通点があったからこそ、お互いわかりあい、親友にもなれたわけだが。

　……思い出すと、またため息が出そうになる。

　私の回想を知ってか知らずか、彼女は振り返り、

　「……変わらない、って言うなら、レオンもでしょ。
　　本当に変わってないじゃない」

　そう言って、見上げるように、軽く背を前に傾ける。

　「……そうか？」

　いつの間にか地面を見ていた、顔を上げた。
　視線の先の輝く目に、見とれると同時に、どこか、嫌な予感がした。

　「そうよ。
　　頑固で一度決めると周りの話全然聞かないところとか、
　　目立ちたがりの割に、人の輪に入っていくのが苦手なところとか……」

　案の定、痛いところをつかれて、押し黙る。

　「……図星つかれると黙っちゃうところとか、口下手なところ……
　　それから……」

　もういい、そう言おうとしたが、彼女は構わず言葉を続けた。

　「冷たく見えて誤解されやすくて……だけど
　　困った人を放っておけないところとか、
　　一途でまっすぐで、人を助けるためなら
　　自分の身も惜しまないところとか……。
　　本当、昔の、ままよ」

　ふっと風が吹いて、彼女の髪が揺れる。
　揺れる髪の間に見える、優しい笑顔が、眩しかった。

　……その眩しさが耐え難くて、つい、目をそらす。

　「……違う」

　目をそらすと同時に、口は勝手に呟いていた。

　「……え？」

　見なくても、彼女が首をかしげたのがわかった。
　変わらないクセが、眩しさが、更に言葉を続かせる。

　「私は……昔のままなんかじゃない。
　　この十年で、私は……変わった。
　　竜への憎しみに駆られ、苦しくて……
　　その原因を、他のものに押し付けて、勝手に憎んだ」

　自分のしてきたこと、人をかえりみなかった自分、その罪の意識が、言葉をつむぐ。
　彼女を失くし、その痛みに耐え切れず、人々の優しさや暖かさ……世界の光から、目をそらした。
　影と暗闇が全てだと思い込んだ。
　その闇に染まることも、厭おうとさえしなかった。

　「竜への復讐のせいにして、何かを得るのに、手段さえ選ばなかった。
　　……私は、昔のままじゃない。
　　……きみに……そんな風に言ってもらう資格なんて……ない」

　そんな自分が、変わらない彼女に、昔のままだと思われる資格など……。

　「……そう、かもしれないね」

　彼女が、頷いた。
　穏やかな声で。
　……その二つがうまく自分の中でかみ合わず、確かめたくて彼女を見る。

　彼女は、笑ってこっちを見ていた。
　……いつものように。

　「人って……変わるものね。少しの時間でも、変わる人はたくさんいる。
　　何もかも昔のまんま、なんてこと、ありえないかもしれない。
　　私だって、一年の間に、いろんなことがあったし……
　　たくさんの人に出会ったから、それだけでも、変わったって思う。
　　十年前のままなんてこと、ないかもしれない。
　　……でもね」

　彼女はそこで言葉を切り、視線を少し、下にずらす。
　私はじっと、言葉の続きを待った。

　「……けど、私の……
　　私の、レオンが好きだって言う気持ちは……変わらない。
　　それは……昔のままだよ」

　そう言って、顔を上げる。
　冷たい風が、ほほをなでていった。

　「……本当はね、これが言いたかったの。
　　それだけで、追いかけて来ちゃったの。

　　……後悔、したから。
　　十年前、あの戦いのとき。
　　竜に攻撃されて、死ぬかもしれない、そう思ったとき……

　　何も言わなかったこと、言わないまま、
　　気持ち、確かめないままで別れること……
　　すごく、後悔したの。

　　だから、絶対言わなきゃ、結果がどうあれ、
　　ちゃんと確かめなきゃって、そう思って……」

　そこでまた、言葉を切る。
　風が吹いて、草が揺れる音だけが、あたりに響いた。

　「……ご、ごめんね、困らせたかったわけじゃないの。
　　き、気にしないで。私が、言いたかっただけで、
　　こたえてほしいとか、そんなんじゃなくて……。
　　ほ、本当……ごめん、なさい」

　彼女はうつむき、ほほを、いっそう赤く染める。
　私は、唇を強く引き結ぶ。

　「……ごめんなさい……怒ってる？」

　彼女が、小さな声で呟いた。

　「……ああ」

　私の言葉に、彼女の顔が、さらに下がるのがわかる。
　私は一歩、足を進めた。

　「……怒りたくも、なる。

　　こっちの気持ちに、十年も気づいてなかったと言われたも同然なんだからな」

　彼女が顔を上げると同時に、そのまま私は、足を進めた。

　……かきわける草が、その上を吹く風が、この熱さを冷ましてくれればと期待して突き進むが、いつまで経っても、情けないほどのこの顔の火照りは消えそうにない。

　無駄な抵抗をしばらく続けてから振り返ると、彼女はまだ、さきほどと変わらぬ場所で、じっと立ちつくしていた。

　「来ないのか？」

　照れまじりの大声で、その背中にそう尋ねる。
　彼女は少しだけ間をおいて、それから振り返って、叫んだ。

　「……ううん！行く！」

　草原を吹き抜ける風に、髪とマントを揺らしながら、私のもとへ走りよる。
　太陽の光の下、明るい笑顔をたたえながら。

　私は、手をのばした。
　太陽をこの手につかみ、二度と離さないように。

―――Fin

（以下コメントにつき薄字・見たい方はマウスでドラッグしてください。）

　……主人公性別指定およびセリフ大量にあり。本来封印するつもりで書きためていた話第二弾、サイト開設一周年のお祭りに便乗して第一弾とともに発表しました。

　タイトルは最初「約束」としてたものの、全部書くとどちらかと言うと太陽云々の方が印象深かったので、太陽つながりで現在の形になったり。
　全般に私の中での女主とレオンのイメージはこんな感じです。
　ちなみに勝手に書いた「夜明け前」「あさきゆめみし」の設定を使ってる割に、第一弾こと「最後のたたかい」ともパラレルという複雑構成ですのでご容赦を。

　ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。