最良の結末

「お先に失礼します」
「おう、お疲れさん！明日もよろしくな！」

　まだ人の残る酒場に、朗々とした声が響いた。
　その大らかな人柄が、そのまま表れたかのような体格と、張りのある声。
　深い緑の髪と、ほがらかな笑顔を持った、この酒場の主人の声だ。

　その声を受けた相手、青い髪をした青年は、主人に向かって軽く会釈すると、そのまま酒場の階段をのぼった。

　酒場の二階、青年の自室。
　すっかりなじんだ部屋の扉を閉めると、青い髪の青年は、大きく息をはく。

　……酒場の仕事は、重労働だ。
　確かに一つ一つの作業そのものは、それほど難解なものではないが……それを複数の客に対し、同時にこなさなければならないとなると、一気に疲労度は跳ね上がる。
　しかもこの酒場は、主人が冒険者への依頼をとりまとめていることもあり、常に繁盛しているため、一度仕事を始めると、一息つく時間もない。

　もっともそれは、店にとって喜ばしいことなのだし、店の主人の恩恵を受けている身としては、文句など言ってはならない、それは青年にもわかってはいるのだが……。
　それでもさすがに、主人のたっての頼みとは言え、同じ重労働の日々が続くと、ため息も出ると言うものだ。

　――……マスターに頼まれた日程まで、あと２日！

　自身をふるいたたせるために、勢いをつけて顔を上げる。
　その瞬間、小さな窓からのぞく夜空を、流れ星がすぎるのが目に入った。

　思わず、夜空に目をこらす。
　しかし、流れ星はもうどこにも見当たらない。
　……無意識に口を開け、舌が空気を感じた瞬間、ふっと、かつての思い出が頭をよぎった。

　……もう、一年前の話になる。
　一年前、青年は、重い運命の枷を負っていた。
　恐ろしい呪いにかかり、自分の過去と、人の姿を失くしていたのだ。

　ぐうぜん出会った賢者に、一時的に人の姿を与えられる、そのときまで。

　それから青年の、呪いの正体と、失くした記憶を探す日々が始まった。

　コロナと呼ばれる街、その酒場を拠点に、働き、自らを鍛えた。
　仲間たちと出会い、冒険を、コロナでの時間を、共に過ごした。
　そして、呪いの源が竜によるものであると知り……竜の手がかりを求め、冒険を重ねた。

　そして、神竜と呼ばれる白い竜の存在に行き当たり……神竜の幼生の導きのもと、鏡のカケラを手に入れた。

　――このカケラは神竜の力の源、神竜の鏡のパーツ。
　かつて破損してしまったこの鏡のカケラを集め、修復することに、呪いを解く鍵がある――

　仲間のその助言を信じ、鏡のカケラを集める冒険に出た。
　地上に流れ星として落ちてくる、鏡のカケラ。
　その鏡に秘められた力を狙う、鎧の男たちと戦いながらも、流れ星を追って、世界中を駆け回った。

　そして冒険の果て、自分の過去を知り、神竜に出会い……呪いの解けた今はこうして、このコロナで、平凡な生活をしている。

　……物語としては、なんとも消化不良な話だろう。

　竜の呪いにかかり、かえるの姿になってしまった青年は、実は幼いころ、王城で、お姫様と出会っていて。
　そこで大事な宝物を守るために、お姫様と力をあわせて頑張ったが、結局、守ることができなくて。
　けれど十年後、賢者の力を借りて、人の姿を取り戻し、仲間と共に、世界征服を企むダークエルフたちと戦った、その結末が……

　呪いの解けた青年はごくごく普通の一般人で、それまで住んでいた街に戻ってきました、というのだから。

　……幼い子供に、この話を物語として聞かせたら、きっと納得できず、口をとがらせるだろう。
　どうして主人公は、お姫様と結婚して、めでたしめでたしにならないのか、と。

　……けれど、それを残念とは思わない。

　確かに、物語としては、それが最良の結末、なのかもしれないが……自分にとって、それが最良かどうかは、また、別の話だ。

　窓を開け、空気を吸い込み、瞬く星を見上げる。

　……自分は、冒険が好きだ。そして、このコロナの街が、ここに住む人々が、大好きだ。
　王様になれなくても、英雄と呼ばれなくても、かまわない。
　自分にとって本当に大事なものは……ちゃんとここに、あるのだから。

　ドアをノックする音が聞こえる。
　……もう、そんな時間だったか、青年は早足で扉に向かい、ノブに手をかける。
　開いた扉の向こうには、青年にとって、一番大事な笑顔があった。

―――Fin

（以下コメントにつき薄字・見たい方はマウスでドラッグしてください。）

　エンディング検証プレイ中に見た、白ルートバッドエンド後(王子様度・王女好感度・名声値が全部クリア条件以下)のイメージです。
　女主verでも書きましたが、個人的には記憶も戻ったし、呪いも解けたし、別にいいんじゃないかな、と思ったので。
　男の人ですから、女の人よりは、やっぱり英雄に対する関心はちょっと違うかな？とも思いますが……。でも本当に大事な人がいて、その人と一緒だったら、それも決して悪い結末ではないよな、と思いまして。ちなみに大事な笑顔、こと約束の相手、はどのキャラでも、部屋のかえるでもいいかなと言う可能性を残すため、あえてかえるのことを書いてなかったりします。
　短い話ですが、おつきあい、ありがとうございました。