without

　ぼんやりと浮かぶ、丸い光。
　……手にかかる重みは……かたく、丸く、どこかごつごつとしていて。

　それを動かすと、光も動く。
　……ああ、これは……握っているのは、懐中電灯なんだな。
　そう、どこかで思いながら、見知らぬ四角い場所を、オレは進む。

　丸い光が照らす壁は、明るい色をしていて。
　平らな床の感触と音が、底のかたいスリッパから足へと伝わる。
　ここはきっと……病院だ。
　……何故か、そう確信して。オレは、少し振り返る。

　……うつりかわった景色、多分部屋と廊下をつなぐドアから、二人の女の子がのぞいている。
　髪の短い、小さな女の子と、同じぐらいの年の、とても髪の長い女の子。

　知らないはずのその顔に、オレはだいじょうぶ、そんなことを言って足を進め……見つける。

　……それは、人。
　何かの台に横たわった、動かない人。その体の下は、にごった色で汚れていて。
　ひときわ汚れた胸には、大きくいびつな穴があいてる。

　女の子がやってきて、光に照らされたそれを見て……そして、言う。

　「心臓がないから、動かないんだ」

　「じゃあ、心臓を探してこよう……」

　……何だかわからない、声を出しながら。
　オレは体を起こしながら、目を覚ました。

　薄い日光の中、薄汚れた布団をかぶった自分の足元を見て、体中に響き渡る鼓動の音を感じながら。
　オレはいま自分がいる場所を……たった今見たものが夢と知り、深く、息をつく。

　……先ほど見た夢からあふれた、嫌なもの。今も頭にただよう薄気味悪さを振り払うため、オレは重い体を強引に上げて、水道へ向かう。

　――……きっと、あのせいだ。

　そう、呟きながら。まだおぼつかない足取りで水を求め、手足を動かし……嫌な夢の原因に、思いをめぐらせた。

　――……きっと原因は、あれだ。

　ゆうべ、大学で親しくなった友人たち……そのうちの一人にそそのかされ、皆で閉鎖された病院に……十数年前に連続殺人があった……そんないわくつきの病院へ、行ったせいだ。

　――年末年始で遊びすぎて金がないから、暇だからって、酔った勢いでひきうけるんじゃなかった。
　　　　おかげで、あんな嫌な夢を……

　そう、ぶつぶつと後悔の呟きをもらしながら、水道の蛇口をにぎった途端……てのひらに痛みが走った。
　なんだよ、そう不機嫌に言いながら、てのひらを見ると……おかしな、十字の形をした、やけどのような痕ができていた。

　……皆で病院へ行った、帰り道。
　特に何かを見たわけではないが、その静けさと不気味な雰囲気。
　そして、一人がふざけてドアノブを握った途端に起こった、何かの物音に脅え、あわてて皆で車の中へと戻ってきた。

　オレたちも情けないよな、そう笑ってすませたかったが、その笑いもすぐにたち消えるような暗さが残って。

　……それを忘れたくて、下戸の運転手以外、車の中で酒を飲んで、強引に騒ぎまくって……どうやって部屋に戻ってきたのか、まったく覚えていない。

　――……その間に、勢いでどこかにぶつけたのかもしれないな。

　……ったく、冬場に肝試しなんてするもんじゃない、何の得にもなりゃしない……オレは自分に言い聞かせるようにそう、つぶやきながら、蛇口をひねり、水を出した。

　……飲みすぎによる頭痛をこらえながら休みの一日を過ごし、もう夢のことなんか忘れていた、その夜。
　……オレはまた、気味の悪い夢を見た。

　……何故かわかる、同じ病院の中で。
　人体模型から心臓をはずし……死体の中に入れる夢を。

　だが、しっかりと心臓をはめても、死体は動かず……髪の短い女の子が、がっかりする。

　髪の長い女の子はどうしたの？オレがそう聞くと、さよちゃんは調理室へ行くって、女の子から、そんな答えが返ってきて……

　「さよちゃんをさがしてくる」

　オレはそう言って、部屋を出て……再び、何だかわからない声を出しながら、目を覚ました。

　薄い日の光、薄汚れた布団、見慣れた部屋、ここは現実、さっきのはただの夢、そのはずなのに。
　……なのに、心臓をはめた時の死体の冷たさ、ぐちゃり、と言う気味の悪い感触が、目覚めた後も手に残っていて……気のせいだ、気のせいだ……そう頭を振って自分に言い聞かせても、嫌な余韻が消えていかない。

　走るようにして飛びついた、蛇口を大きくひねって、水を出して。寒い中、赤くなった手をごしごしとこすって……やっと、落ちついても、なかなか気味の悪さが消えず……オレは携帯電話を手に取り、あの日、共に病院へ行った友人を呼び出した。

　……近くの喫茶店、仲間のいつものたまり場で。
　いつもと変わらない店と店員、なんだよ、朝から急に呼び出して、と文句を言いながらもどこか笑う友人の顔を見ると、やっと少しだけ、ほっとして。

　とりあえずなんか食おうぜ、と適当に注文して、くだらない話をして間もなく……オレは見つけてしまった。

　友人のてのひらに、十字型の……ヤケドのような赤い痕を。

　……思わずオレは、動きを止める。オレの様子に、友人は気がつき……そして、オレのてのひらを見て……言葉を失い、席を立った。

　その後、ほとんど話をしないまま、席を立ち、言葉少なに解散し……帰り道、同じ方向の友人と歩いていると、友人は呟いた。

　――変な夢を見ていないか、と。

　昼の光、ほんの少しだけ安心できる、日常の景色の中で。少しずつ、少しずつ、さぐるようにオレたちは見た夢について話す。
　そんなバカな、同じ夢を見てるはずなんてない、どこか……どこかは違ってるはずだ、そんなわずかな希望を抱きながら、オレたちは語り合い……青ざめた。

　語れば語るほど、互いが見た夢、それは……寸分狂わぬ、同じ夢。
　……青ざめたまま、友人はぽつり、呟いた。

　――……さよちゃんは、どうしたんだろうな、と。

　誰かと一緒にいたい、一人でいたくない、そう思って呼び出したはずだったのに。
　結局、一緒にいると、余計に不安がかきたてられるような、そんな気がして。

　オレは友人と別れ、一人自分の部屋に戻り……しこたま酒を飲んで、強引に意識を飛ばし……そして、また夢を見た。

　病院のどこかの部屋、そこの大きなオーブンから……「さよちゃん」の死体を見つける夢を。
　一目で死んでいるとわかる、無残なその姿。
　叫んで目を覚ますと、真っ暗で。
　……時計を見ると、まだ、十二時にもなっていなかった。

　……わけのわからない声を出し、電気をつけ、水をくみ、飲む。
　……水を飲み、少し冷静になった頭に、ぼんやりと疑問が浮かんだ。

　――さよちゃん、はどうして死んだのだろう。

　……答えは、出ない。

　怖くてテレビを、暖房をつけて。
　いつもと変わらない能天気な番組、笑う芸人を前に、少しだけ落ち着き……そして、また考える。

　――さよちゃんは、なにをしに行ったんだっけ。

　そうだ、探しに行ったんだ。心臓を。調理室に。
　たとえそこに本物の心臓があったとしても……死んだものが、生き返るはずはないのに。

　そんなことも、わからなかったのだろうか。
　……わからないまま、死んだのだろうか。
　だとしたら……

　その瞬間、かちり、と部屋の時計が十二時をさし、ぞわっと背中の毛が逆立った。

　背後に寒気を、気配を感じる。
　振り返りたくない、振り返ってはいけない、けれど、その頭の声とは裏腹に。
　首は、体は……ゆっくりと、後ろを、向いた。

　動　けな　いの　動け　な　いの
　　　心　臓が　な　いか　ら　動　けない　の

　だ　から　心　臓をと　って　くるの　とっ　てこな　きゃ　い　けない　の
　　　　心臓　を　と　って心　臓　をとっ　て　心　臓　を…………

　……男の絶叫が、小さなアパートにこだました。

　……半年後。

　長野に向けて、車を運転する女性の姿があった。
　車は、古びた病院の前で止まる。

　「……ここが、坂の上病院ね」

　――絶対、大学生連続殺人事件の手がかりをつかんでみせるわ

　そう呟き、女性、柏木玲は病院に足を踏み入れた――――

―fin

（以下コメントにつき薄字。読みたい方はマウスでドラッグしてください。）

　「THE廃屋病棟」のプロローグ……なノリです。……いえ、隠しエンディングまで見たものの、結局このあたりの謎が解けないままゲームが終わっちゃったので、勝手な脳内補完のノリで。ちなみに「蛇口をひねる」は考えるとちょっとおかしいかなーと思ったのですが、「水道の栓をひねる」に変えたら、なんとなく自分の中で合わなかったのでそのままにしちゃいました。

　ホラーを書くのは久々なので、あんまり怖くなくなっちゃったかなーとも思います。もっとこう、描写で人を追いつめたいなーとは思うんですけど。

　コメントまでお付き合い、どうもありがとうございました。