ある勇者と王様の話

　――クッパは、考えていました。
　「どうしてこんなことになっているのか」を。

　いつものように眠りにつき、いつものように目を覚まし。
　……すぐに、眠る前とは、まわりの景色が違っていることに気がついて。

　寝相が悪くてベッドから落ち、そのまま無意識に移動した……のかと思いましたが、そんなこともなく。
　間もなく、外側から見る分にはよく見慣れた――捕らえた他国の者たち、主にキノコ王国のピーチ姫がいた牢屋――その内側に、閉じ込められているのだとわかりました。

　寝起きで少し枯れてはいましたが、十分に大きな声で家族や部下、あるいは誰かを呼んでみたり、地面や壁を叩いたり、殴ったり蹴飛ばしたり。最後には、大きな足踏みで地鳴りを起こしたり、火をふいてはみたものの……結果は、自分の使っていた牢が、とてもとても頑丈で、鍵がなければ、あるいは何かの力で小さくでもならない限り、脱出不可能、と証明したのみ。

　……あえて言うのなら、もしも次、誰かをここに入れることがあるならば……もう少し窓の大きさや場所を変え、風通しをよくし、気分が少しでも軽くなるよう改造しよう、と思っただけにとどまりました。

　そして、話は戻ります。

　クッパは、考えていました。
　どうして、そして誰がどのような方法で、自分をここに閉じ込めたのか、を。

　自分が眠っている間とはいえ、自分の部屋に侵入し、運び、牢の中へと閉じ込める。
　……少なくとも、誰もが思いつきでできるようなことではありません。

　仮に、どこかで薬を飲ませ、少々のことでは目を覚まさないとしても……自分の重さは、自分が一番よく知っています。……単独で、できることとは思えませんでした。

　しかし、いったいなんのために？
　計画なり、準備なりをしたうえで、自分を捕らえ閉じ込めた――その目的は、いったいなんだ？

　……窓ごしに、鳥の声が聞こえる、それはそれはいい天気の中。
　しばらくの間、クッパは考え続けていたのでした……。

　――同じころ。
　マリオは、驚いていました。

　いつものように目を覚まし、いつもの朝食を終えたころ。
　自宅の扉を、激しく叩く音がしたのです。

　……何があった、と急ぎ足で扉へ向かい、押し開けたその先には。
　よい天気の空を、太陽を。
　覆い隠してしまうほどのノコノコ、パタパタ、ハンマーブロス、メットにジュゲムにトゲゾーといった、クッパ王国の兵士たちが、大挙して押し寄せていて……反射的に扉を閉めようと引いたマリオの手首を、先頭のノコノコにつかまれたからでした。

　弟のルイージに、すぐ使える武器を持ってきてくれ、とマリオが頼む、その前に。マリオの手首をつかんだノコノコは、その両手でマリオの手をつつみこみ。……改めて驚くマリオの目を、うるんだ大きな瞳で見つめ、言ったのです。

　「お願いです、どうかクッパさまを助けてください、マリオさん！」

　――そして、数時間後。
　クッパを助けるため、駆けるマリオの姿があったのでした……。

　――マリオに助けを求めに来た、ノコノコたちが語るには。

　いつもなら起きている時間、いるはずの場所に、クッパの姿が現れず。
　様子を見るため、クッパの寝室を訪れた部下は……誰もいない部屋で、一枚の手紙と地図を見つけた、というのです。

　手紙には、こう書かれていました。

　『クッパの身がらは預かった。
　　返してほしくば、指定の日付までに、マリオを一人で、地図の場所まで連れてこい。
　　マリオが一人で来なければ、クッパの命はなきものと思え』

　……地図に書かれたその場所とは、かつてマリオがクッパと戦った、宙に浮く城の一角。
　クッパ専用のメカがなければ、容易には到達できない場所でした。

　果たして何者がクッパをさらい、こんな手紙を残したのか。
　それは誰にもわからず、中にはむやみに公にせず、マリオに知らせず解決した方がいい、と言う者もいましたが……だからと言って、制限時間があり、更に相手の要求がマリオだけでは……マリオ抜きでは情報も、他の手も見つかるとは思えずに。
　……結局、クッパの部下の半分ほどが、マリオに助けを求めに来た……と、ノコノコたちは言いました。

　――マリオからしてみれば。

　わからないことが多すぎる。
　それに、命がけで力を貸す義理が、クッパとその兵士たち相手にあるか……と言えば、迷うところ。

　だがしかし。
　……迷った結果、間に合わなくなれば……それは、後味が悪すぎる。

　迷いとは、すぐに動かなければ間に合わない状態でするものではない。
　考えるのは、動きながらでいい。

　……そのように、思ったために。

　いつもなら、さらわれたピーチ姫とキノピオたちを助けるために進む、その場所を。
　クッパを助けたいと言う、ノコノコたちの力を借りて。
　マリオはクッパを助けるため、駆けることにしたのでした……。

　地を駆け、地面を蹴って高く飛び。
　敵を倒し、攻撃をよけ、暗い土管へともぐりこみ。
　暗くも広い道をたどり、時に水を手足でかいたと思えば、雲の上を走って、空を舞い。
　ブロックにつかまり、足場にし。
　魔法や自然、クッパの手下たちの力も借りて。
　なぜか立ちふさがるクッパの手下たちを気にし、時間にも気をつけながら……マリオは、先へ先へと進みます。

　冒険の、移動の合間に、残された痕跡。
　立ちふさがる者たちや、その言葉から、犯人の正体をさぐりながら。
　一度抜けた覚えのある場所、そして新しく見る場所を進みながら、マリオは考えるのです。


　マリオの目から見て。
　……クッパをさらう理由は、まったくない、とは言えません。

　クッパは仮にも一国の王。
　身代金、王座という権力めあて、攻められた国や、その関係者の抱く恨み。
　もちろん、さらうという行為にも手間がかかり、十分な危険があるとは言え……それを越える利益、メリットを考えれば……起こり得ない事態、ではありません。

　……けれど、そこで疑問です。
　「その場合のメリットというか目的に、自分が組み込まれている理由、それは一体なんなのか」

　クッパをさらい、それをエサに自分を呼び出す。
　……特に心当たりはないとしても、もし目的が自分だけだとすれば。
　そのために、わざわざクッパをさらう理由は、ありません。
　……それこそ手紙の一つも渡せば、よほどのことがない限り、マリオは目的地まで行くでしょう。

　なのに、マリオとクッパを、あえて呼び出すその理由は……？

　納得できる理由に到達はできずとも、なんとなく嫌な予感を感じながら。
　マリオは、先へ先へと進みました。

　……そして。
　クッパの手下たちの力も借りて、とうとう指定の場所……かつてクッパと戦った、宙に浮く城の一角の、広場にたどりついたマリオのもとに。
　見知った相手が、その姿を現しました。

　その相手は……。

　現れたのは、クッパ王国の魔法使い……カメックでした。
　かつて敵として出会ったときのように、杖から出る魔法で攻撃をしかけてくるのでは……と、マリオは思わず身がまえましたが、カメックは杖も持たずに両手を広げ、ニコニコ笑って言いました。

　「よく来てくれましたね」
　「既にクッパ様のいる、牢の鍵は開けておきました」
　「おそらくクッパ様がこちらに来るまでは時間があります。少し、話を聞いてもらえませんか」

　……そう言って、マリオが何か言うより早く。
　それはそれは大きく、見渡す限り広い広場の真ん中で、カメックは語り始めたのです。

　……ある王国の話です。
　そこの王様は優しく朗らかで、さらに力強く。国民たちから大変尊敬され、したわれていました。

　そんなある日の夜のことです。
　王様の寝室に、杖を持った魔法使いが現れたのです。

　驚く王様に、魔法使いは言いました。

　……実は自分は、強い魔法使いになる代わりに、それはそれは強く、恐ろしい呪いを受けてしまった。
　この呪いは、呪いを受けた自分が死ぬか、自分以外の誰かにかけなければ、決して治ることはない。

　……だから、今から自分は、民かおまえに呪いをかけようと思っている。
　……民の幸福か自分の幸福、どちらを選ぶか決めてほしい、と。

　王様が兵士たちを呼ぶと、魔法使いは手にした杖をふるいました。
　すると、見えない重りが王様と兵士たちにのしかかり。
　……王様と兵士たちは、その場に倒れ、動けなくなってしまったのです。

　身動きが取れずうめく兵士たちを見下ろしながら、魔法使いは王様へと近づき、十分に距離をつめると、その場にしゃがみこみ。
　動けぬ王様の耳に、ささやきかけました。

　……この魔法は、その呪いの力によるもの。
　もし王が呪いを受ければ、忠実な兵士たちは、すぐに動けるようになる。
　……自分の身かわいさに、部下を見捨てたくば、そうするがいい、と。

　ささやき声が終わると同時に、その身にのしかかる重みは、よりいっそう強くなり。
　兵士たちの声は、一瞬だけ大きくなると、どんどん小さくなっていきました。
　……選択を迫られた王様は、その呪いを、自分が受けることに決めました。

　そして、その結果。

　王様の体にはツノが生え、トゲが生え。本来とがらぬはずの歯がとがり、ツメは鋭い凶器となり……日に日に、攻撃的な姿へと変わっていき、それに応じるかのように、言動も行動も、どんどん凶暴になりました。
　そしてときおり強力な魔法をつかい、あるいは暴れ出すようになり……更にその呪いは、本来持っていた記憶の力を弱める力があり……そのうち王様は、自分が呪いを受けたことも、忘れてしまったのです。

　そして、王という国の指導者が変われば、率いる国も、必然的に変わります。
　あるいは、それもまた少しずつ、周囲に感染した、呪いの力かもしれません。
　……魔法使いが現れてから、少しの時が経つと、王様とその国は……以前とは、すっかり別のものになってしまったのです。

　……けれど、それでも。
　心の奥底、頭のどこかで、うっすら、ほんのわずかに覚えている部分があるためか。
　王様は、呪いを解く力を持つ、どこかの姫を手にしようと……特別な理由などわからなくとも、何度となく、手中にしようと動くのです……。

　「……牢に入ったのも、牢にいた姫の、わずかに残った魔力を求めてか。
　　あるいは暴虐を尽くす、自らを閉じ込めるための選択か。
　　……それすらも、わかりません。だって、当の本人が、もう覚えていないのですから。

　　……私は、自らメカを操縦し、自ら牢に入る王を見て、それを利用したに過ぎません」

　カメックは、にっこり笑い。
　最後にそうつけくわえました。

　「……この呪いは、誰かに肩代わりさせるか
　　あるいは、呪いを背負った者がそのまま命を落とさない限り、解けないもの。

　　私にわかるのはそれだけ。
　　……受けたのも、前の持ち主が死ぬ直前で、十分な説明をされなかったのでね。

　　前の持ち主が残した記録、古い文献などを手にし、自分で調べたところで……
　　共通する記述は『個人差がある』ただ一つ。……何を信じていいのやら、という話です。

　　けれど、仮にピーチ姫の力で呪いが解け、その記憶が戻ってしまえば……
　　今度は、肩代わりをさせた私の身が危うくなる。
　　それに、ここまで今の王についてきたこの国が……いきなり元に戻ることなど、できません。

　　……たとえ呪いとは言え、せっかく手に入れた力です。

　　それを生かすことを考え……力を強め、呪いで心を弱らせた王にとりいり、
　　富と権力を手に入れようとすることは……決して、間違いではないと思いませんか？

　　……ただね、そうなると。
　　自らの力を利用し、手に入れた富や権力、その領地を奪い取る……
　　取り返そうとする者は、やはり憎く感じるんですよ。
　
　　……さらわれたピーチ姫を何度となく助け、クッパ王国の栄華の邪魔をする
　　そんなあなたを邪魔に感じることは……小さくとも積み重なった恨みから
　　まとめて始末したくなっても、しかたがないと……思いませんか？」

　カメックの、その言葉が終わるころ。
　大きな足音があたりに響き、空間が揺れ始めたのです。

　「ふふふ、どうやら、あちらも準備ができたようですね。
　　呪いによって凶暴化したクッパ様は、話が通じる相手ではありません。
　　ここなら広い。……動きの邪魔になるものも、ないでしょう。
　　存分に戦って……できれば、共倒れしてください」

　そうして、マリオが何かを話す間もなく。
　姿を現した巨大なクッパは……マリオをめがけて襲いかかったのでした。

　……そして、激しい戦いの末……勝利したのは、マリオでした。
　クッパは元の大きさに戻り、正気に戻りましたが、戦いのうちにカメックは、その姿を消していました。

　マリオはクッパと話をし。
　マリオは助けを求めてきたノコノコたちからは盛大な、そして最後に、クッパからは不器用な礼を告げられると、少し笑って、自宅への帰路に着きました。

　……果たしてカメックの話がどこまで本当で、どこまで信じていいものか。
　仮にすべて本当であったとしても、カメックの姿が見つからない今、マリオにできることは……クッパとその側近に、全てを話すことだけでした。

　……あとは、クッパの判断にまかせるだけですが……仮に、話が全て本当だったとしたら。話したことをどこまで、クッパたちが覚えているかもわからず……また、ピーチ姫がさらわれれば、マリオは助けに行くしかありません。

　逆に、本当にその呪いを解く力をピーチ姫が持っていて。
　クッパから、助けを求められたのであれば……それは、ピーチ姫の護衛、あるいは呪いを解くのを防ごうとする、カメックの撃退などと言った形で、力を貸すことになるかもしれません。

　……ただ、ひとつ、問題は。
　仮にすべてが本当だとして、呪いが存在し、それが無事解けたとして。
　……変わってしまったと言う身と心は、果たして元に戻るのか。

　……ツノとトゲがなくなり、ツメもキバも丸くなり。
　太ったノコノコのような姿で、朗らかで愛想のよい、目つきもゆるんだ、すばらしい王になったクッパ――それは果たして、クッパと呼べるのか。

　……もちろん、本人を苦しめる呪いが解けるのはいいことで。もしかしたら呪いが解けても、元の姿に変わることはないのだとしても……。朗らかで愛想のよい、まるまるとして、目つきもゆるんだ、すばらしいクッパを想像し……

　――……少しだけ、少しだけ……嫌かもしれない。

　……決して口には出さないものの、マリオはそう思ったのでした……。

fin

（以下コメントにつき薄字。読みたい方はマウスでドラッグ、もしくはこのあたりをクリック後、Ctrl+Aなどで反転してください。）

　もとはと言えば「クッパが悪者じゃなかったとしたら」と考えていてできた勝手な設定。それを「スーパーマリオメーカー」発売前に「ステージ前後にあらすじめいたものを入れられたらいいなー」と思いついて書き始めた話です。ちなみにマリオメーカーではそういうのできないそうです。ちょっと残念。
　ちなみに犯人はノコノコとか子クッパとかピーチ姫とかルイージとかなネタも分岐で出そうかなーとは思ったものの、何書いてもだいたいこんな感じでドロドロして「キャラ崩壊じゃなかろうか」と思ったのでやめました。
　マリオは派生も本編リメイクもいろいろ出ていて、全てを把握できてるわけではないので、ＲＰＧや何かで既にエピソードとしてあったりしたらすみません。
　思い付きみたいなものですが、少しでも楽しんでいただければうれしいです。