ひみつのはなし

　むかしむかし、あるところに、一人の青年が住んでいました。
　ずいぶん前に青年の母親はなくなり、森にかこまれた小さな丸太の家で、たくましい父親とよく吠える白い犬の、二人と一匹で暮らしていました。

　ある日、青年は一人の女性を見つけました。
　その女性は森の中でケガをして気を失い、地面に倒れていたのです。

　青年は、あわてて女性に近づきました。
　しかし女性は、見たことがないような変わった服を着ていて、おまけに背中には、鳥のような大きな翼まで生えていたのです。

　青年はとても驚きましたが、ケガをして倒れている女性を、そのまま放っておくわけにはいきません。
　青年は持っていた薬草を使いひとまずケガの手当てをすると、翼の生えた女性を助けるため、自分の家まで運んだのでした……。

　手当てのかいあって、女性は間もなく青年の家で目を覚まし、二人はお互いのことを話しました。
　翼の生えた女性は、空に浮かぶ大きなお城に住んでいたのですが、地上へと来る途中、翼にケガをしてしまい、そのまま帰れなくなってしまったというのです。

　理由を聞いた青年は、ケガが治るまでここにいればいい、と言い、女性は心から感謝して……小さな丸太の家で暮らす人の数は、三人と一匹になりました。

　……しかし、そうして時間を過ごすうち、青年と女性の間には恋が芽生え、女性は翼のケガが治っても、城へと戻る気がなくなってしまったのです。お互いの思いをうちあけ、話し合った二人は……結婚して、ずっと地上で暮らしたいと思いました。

　それを聞いた青年の父親は反対し、二人を説得しようとしましたが、どうしても二人の気持ちが変わらないとわかると、しかたなく結婚を認めました。
　こうして二人は夫婦となり、間もなく赤ちゃんをさずかりました。

　大切に育まれた後、無事に生まれた赤ちゃんを、親となった二人はもちろん、おじいちゃんになった青年の父親、そして白い犬も、目に入れても痛くないほどかわいがり……四人と一匹は、とても幸せな日々を過ごしていました。

　けれど、そんなある日のことです。
　四人と一匹の暮らす丸太の家を、一人の男が訪ねてきました。

　その男は女性と同じように背中に翼を持っていて、空に浮かぶお城からやってきたと言いました。
　そして、空に浮かぶお城に住む人間が、地上の人間と結婚してはいけない、このことがわかれば、女性もこの家に住む皆も罰を受けてしまう、と、女性にすぐに城へと戻るよう言いました。

　けれど、女性は愛する家族を置いて城に戻りたくありません。どうしても嫌だ、とかたくなに言い張り……翼の男は無理やりに女性を連れ帰ろうとしました。

　話を聞いていた青年と父親は、翼の男を止めようとしました。
　すると、急に二人の上に雷が落ち、二人は気を失って倒れてしまったのです。

　……しばらくして、青年の父親が家の中で目を覚ますと、もう誰もいませんでした。

　翼の男はもちろん、息子である青年、息子の妻である翼の生えた女性、そして二人の間にできた子供の姿まで、どこにも見えなくなっていたのです。

　青年の父親は、あたりをさがしまわりましたが、いつまでたっても誰の姿も見つけることができず……とてもとても、悲しみました……。

　女性が連れ戻された空に浮かぶ大きなお城には、女性と同じように背中に翼の生えた人たち、耳が長くとがった精霊の女性たちに、不思議な姿をした動物たち、そしてお城で一番えらい、とても大きな竜の神さまが住んでいました。

　竜の神さまは城の皆に言いました。

　世界を混乱させないために定めた決まり、それがおきて。
　おきてを破ったものには、罰を与えねばならない、と。

　そうして、地上から連れ戻された女性は、竜の神さまの前までつれてこられたのです。

　女性は地上の人間と結婚して子供を作ってはならない、そのおきてを破ったため、竜の神さまに罰せられることとなりました。

　女性は、竜の神さまに頼みました。

　おきてをやぶった自分は、どんな罰でも受けます。
　けれど、夫と子供には何の罪もありません。
　どうか、二人のことは許してください、と。

　その言葉を聞いた竜の神さまは、女性の罰を決めました。
　……竜の神さまの言葉を聞いた女性は、その場で泣きくずれたのでした……。

　「……りゅうの神さまは、なんて言ったの？」

　そこで話を止められ、聞き手……幼い子供は、話し手にそう尋ねる。
　尋ねられた話し手は、少し目を閉じ、間を置いてから、幼い子供にこう答えた。

　「……竜の神さまはね、言ったんだ。
　　たしかに、何も知らなかった青年と子に罪はない。
　　だから、二人の命は助けよう。

　　けれど、その代わり……青年からは人間として生きた記憶のすべてを
　　そして女性からは、子供を奪おう、と」

　「子どもを？」

　「……そう、実はね、二人の間にうまれた子供には、とても大切な役目があった。
　　お城にいながら世界のすべてを見ることができて
　　全部ではないけど、未来を知ることのできる竜の神さまには
　　その子が生まれたときから、そのことがわかってた。

　　けれど、竜の神さまは、世界が混乱しないために、と
　　厳しいおきてを作り、空に浮かぶお城の人たちに守るように言った本人だ。
　　だから、理由はどうあれ、おきてをやぶった人を裁かなければいけない責任があったんだよ。

　　……だから、女性からその子を奪い、その後も会うことを……
　　もし万が一会ってしまっても、自分が母親だとその子に名のることを禁じた。
　　さらに、夫である青年から記憶を奪うという形で、女性に罰をあたえたんだ」

　「……じゃあ、その女の人は……大切な人が、みんないなくなってしまったの？」

　「そうだよ」

　「……ひどい。
　　いくらおきてをやぶったからって、りゅうの神さまってひどいよ」

　そう言って、幼い子供は口をとがらせる。
　しかし、話し手は首を横に振り、そんなことはないさ、と否定した。

　どうして、と不思議そうに聞き返す幼い子供に、言い聞かせるように、話し手は答える。

　「……女性にその罰を告げた後にね、竜の神さまは言ったんだ。

　　……二人の子どもは、近い未来、世界を救う存在になる。
　　知らぬとは言え、女性がその子を無事に産んだことは、世界にとって、とてもありがたいことだ、って。

　　だから、その子が無事に育ち、世界を救ったそのときには……
　　女性の罪をすべてを許し、青年の記憶も元へと戻そう
　　もしも願うなら、その子に母親の名のりを上げることも
　　青年と二人、地上に戻ることも許そう……って

　　……だからね、その子が元気に育って、ちゃんと世界を救ったなら……
　　家族はみんな、また幸せに暮らすこともできるのさ。
　　……どうだい、慈悲深い……おやさしい、お方だろう？」

　「……うーん、でも」

　まだ不満そうに声を出す子供に、話し手はなんだい？と尋ねる。

　「おじいさんは……男の人のお父さんは、どうなったの？」

　すると、話し手は……何故か少しだけ眉をひそめ、それからまた、ゆっくりと答えた。

　「……しばらくしてね、嘆き悲しんでたおじいさんをね、訪ねてくる人たちがいた。
　　……その人たちは、地上にいながら、空に住む竜の神さまの声を聞くことのできる……
　　ちょっと特別な人たちだった。

　　だからね、おじいさんのお孫さんが、いずれ世界を救う存在になる
　　そのためにおじいさんのお孫さんは、自分たちが預かり育てている、そう、伝えたんだ」

　「……それで、おじいさんはなっとくしたの？」

　子供の質問に、話し手は……何故か、自分の足をひっこめ、首を横にふった。

　「……しなかった。
　　息子を返せ、嫁を返せ、孫を返せ、そう怒って、暴れてね
　　あげくに白い犬に吠えながらかみつかれて、その人たちはびっくりさ」

　それはそうでしょ、と子供はつぶやく。それを受けた話し手は、小さく肩をすくめた。

　「そうだね、もっともだ。
　　……だけど、あんまり暴れるものだから、それ以上話をすることができなくてね。
　　結局、その人たちはその場から逃げ出した。

　　……ときどき、お詫びと説明を兼ねて、その子の育つ様子を書いた手紙を
　　こっそりと出してるみたいだけど……返事は、ないそうだよ」

　そこまで聞いて、話を止められ……子供はうーん、と声をもらす。

　「……おやおや、お気に召さなかったかい？」

　話し手が尋ねると、子供はうん、とうなずいた。

　「……だって、やっぱり、ひどい話だよ。
　　その子が大きくなって、せかいをすくうまで、けっきょく、家ぞくはみんなバラバラなんでしょ？

　　おしろの人はち上の人とけっこんしちゃいけない、子どもができちゃいけないって言うなら
　　もっとはやく女の人を助けて、つれて帰ればよかったんじゃない。
　　りゅうの神さまが、せかいを見ることができるんなら、そんなこと、すぐにわかったはずでしょう？

　　なのに、そうしないで、子どもがうまれてからひきはなして、それでやさしいっておかしくない？
　　お話なら、やっぱり、みんなが幸せになっておわらなきゃ……つまんないよ」

　「……そうかい」

　そう言うと、話し手は……急にうつむき、肩をふるわせた。
　不思議に思った子供が、うつむいた顔をのぞきこんでみると……声を押し殺して、笑っている。
　どうしたの、と子供が尋ねると、話し手はあわてて顔をあげて、首を大きく横に振った。

　「……いや、なんでもないよ。
　　……そうだね、きみがこの話をひどいと思うなら……きみがこれから、めいっぱいがんばればいい。
　　そうすれば、きっと……幸せになれるはずだよ」

　「……どういう、いみ？」

　言葉の意味がわからず、子供は大きく首をかしげる。
　しかし、その問いに答えることなく……話し手は、立ち上がった。

　「……さてね。
　　……さ、今日のお話は、もうおしまい。
　　もう空も赤い、早く帰らないとおうちの人に怒られるよ」

　「……？」

　「さ、気をつけてお帰り
　　……おとうさんとおかあさんに、よろしくね」

　……そんなお話を聞き終えて。
　くるくるした緑の髪の子供は、ちょっと不満そうな顔をしながら、家路へとつき……それから、長い長い年月が過ぎました。　

　天空の人間と地上の人間の血をひく、緑の髪をした若き勇者が、運命に導かれし仲間とともに、世界を滅ぼさんとする魔物を倒し……よく晴れた空が美しい、穏やかなやさしい日。
　森にかこまれた、古ぼけた小さな丸太の家を、訪ねる人影がありました。

　……年をとり、めったに吠えなくなった白い犬が、その日はとても大きな声で吠え……大地には、大きな竜の形の影が、横切っていったということです……。

――fin