おそれるべきもの

　……それにしても、まったく哀れなのはサントハイムの王だよな。

　……ん？なんだ、おまえら？
　……くわしく、聞かせろだって？

　サントハイムの事件っつったら、そりゃ有名な話だろう。
　そんなことも知らないってことは、おまえら、さては……新入りだな？

　ケケケッ、そうかそうか、まあいいさ。ついでだ、話してやるよ。よく聞いとけよ。
　……デスピサロさまの……この城の王の持つ、力の恐ろしさをな……。

　サントハイムの城ってのがどこにあるか……おまえら、知ってるか？

　えーとなあ、世界地図で言うところの北東の大陸……デスピサロさまが出場した武術大会とか、弱っちかったり間が抜けてる魔物たちを人間どもが捕まえて戦わせる、モンスター格闘場なんてのがある……人間どもの中では、一番でっかい街のエンドール、あるだろ？あと、他にもブランカって城や、温泉ってぬくい水たまりのあるアネイル、港町のコナンベリーなんてのがあるかな、あの一番大きな大陸、じゃあなくて……その大陸から少し東、横長の大陸の、東の先っちょの方にある城さ。

　あー……地図で言うなら、ぐねぐねした水にかこまれた城のある、スタンシアラから南にまっすぐ……って言った方が、わかりやすいかもしれねえな。

　とにかくその、サントハイムの城ってのは、大きくてよ。白い壁にかこまれて、青っぽい屋根がちょこちょこのってて……まあ人間どもにとっちゃあ、綺麗な城って言うんだろうな、ああ言うの。そんな城でさ。魔法使いとか神官が結構いて……人間どもには、ウケのいい城だったって話だぜ。

　けどな、そこの王ってのが……いけなかった。

　まあ、王って言うか、その先祖が悪いのかな。細かいことは知らねえけどさ。
　……そこの王の血筋にはさ、いつもじゃないけど、たまーに、予言や予知の力を持ってるってヤツが、生まれるんだと。

　わかるか？予言とか予知。未来とか、後々起こる出来事がな、見たり聞こえたりするって力のことさ。オレたち魔物の中にもたまにいるけどな、そう言うの。……人間ってヤツは、数が多いせいか、意外と結構、数がいるみたいだぜ、そういう力の持ち主が。

　……まあ、けどさ、オレもそういうヤツ、知ってたりするからわかるけど……実際、そういう力ってのはな、本当に役に立つことってのは、少ないんだ。

　たとえばだけどさ、前日の夜、明日の夕食がわかったりしたって……だからなんだ？って話だろ？

　……もちろん使い方によっちゃあ、多少は得にもなるだろうけどな。でもさ、得にはならないことの方が多くて当たり前さ。

　……その力を持ってて、なおかつうまく使えるヤツってのは、本当に滅多にいない。仮に、自分で見たり聞いたりしたところで……それが都合の悪いことだったら、信じたくない、信じられないってこともあるし、仮に自分がそれを信じたとしても、それを周りにうまく伝えられ、信じてくれるかどうかはわからない。

　もしも幸運が重なって、その話を大勢が信じたところで……その出来事が起こる前に、対処できるかどうかは……また、別の話だろ？

　……だからよ、デスピサロさまを筆頭に、人間どもを滅ぼすため……憎き天空の神に地の底に封じられてしまった、地獄の帝王エスタークさまの復活を目指し、エスタークさまを地獄の帝王にまで押し上げたという力、進化の秘法を研究してた、この城でも……サントハイムの王たちの力のことは、多少気にはしていたが……それだけだった。

　しかしな、そのサントハイムの王ってのが……今になって、その力に目覚めてしまった。
　地獄の帝王、エスタークさまが復活するその場面を、夢に見てしまったのさ。それもひどく、具体的にだ。
　おまけに人間どもにはウケのいい……人や国を確実に動かすことのできる王さまだ。
　……ここに来て、まさに滅多にいない力の持ち主に……われわれの驚異に値する存在に、なっちまったってわけさ。

　そこですぐに動いたのが、われらが王、デスピサロさまだ。

　予知と言うほど具体的ではないが……デスピサロさまにも、何か感じる力があったんだろうな。

　ちょうどそれから……王が予知夢を見はじめる頃から少し前に、オレたち魔物の中でも精鋭の部隊を率いて、大都市エンドールに滞在し……大陸からサントハイムまで調査の手を放ち、その動きを随時、報告させていたところだった。

　そして、サントハイムの様子をうかがっていた魔物から、サントハイムの王がエスタークさまの復活を夢で知ったこと、具体的な内容を一人部屋で呟いていたことを聞いてな、すぐにデスピサロさまは……王に、呪いをかけたんだ。

　オレたち魔物以外にそのことを話そうとしても……声が届かず、伝えられない、そんな呪いをな。

　だがな、話はそれで解決しなかった。
　……なんと人間どもの中に、その呪いを打ち破るものがあらわれたのさ。

　……オレも細かいことは知らねえけどな。
　なんでも、サントハイムの城の魔法使いや、エルフの……精霊の薬の力を借りたとか、奪ったとか、そんな話だったとは思うが……とにかく、せっかく封じた声を、王は取り戻してしまった。

　……進化の秘法の完成に必要になる黄金の腕輪の入手や、エンドールの武術大会に出て有望なものを殺す作戦を、デスピサロさま自ら同時に進行していた最中のことだ。多少、ツメが甘くなっても仕方ないとは言え……デスピサロさまにとって、これはなかなか、屈辱さ。

　おまけに、再び声が出るようになった王の力は、その後、更に厄介になってな。

　地獄の帝王エスタークさまが復活し、すべてを破壊していた……だけじゃあなく、その復活が、欲深い人間どもの手によって、アッテムトって町の鉱山でなされると気づいて……アッテムトで金の発掘を目ざして穴掘りを続けていた町民に、それをやめさせようとしたのさ。

　……何せ王さまだからな。アッテムトに使いを出すことも、強制的にやめさせることもできただろうよ。生活に困った穴掘りどもやその身内を、サントハイムの城に受け入れ……強制的にやめさせたことにともなう問題を解決することだって、可能なはずだった。

　……けどさ、オレたち魔物にしてみりゃあ、そうはいかない。

　永きにわたり、待ち望んだ、われらが帝王の復活だ。せっかく何も知らない人間どもが、勝手に復活させてくれるってえのに……それを邪魔されるわけには、いかねえよなあ？

　……だから、それを知ったデスピサロさまは……自らサントハイムの城へ駆けつけ、そこにいた人間ども、すべてに呪いをかけたのさ。

　身も心も眠りにつかせ……この世界じゃあない、別の世界の牢獄に閉じ込める……そんな、呪いをな。

　……ん？なんだよ？
　……なに？死んでないのかって？

　……ああ、なんで殺さずに、そんなまわりくどいことをしたのかってことかよ。……ケケッ、聞くねえ？
　いいさ、答えてやるよ。

　実はな……デスピサロさまは、恐れてたのさ。

　人の持つ心の力……魂の、力をな。

　もちろん、デスピサロさまにとっちゃあ、城の人間どもを皆殺しにするのは簡単なことさ。
　しかし、ただ殺してしまえば……その魂は自由になる。

　……人の魂と言うのは、恐ろしいものさ。
　時には肉体などなくても、その言葉を伝えたり……その力や情報を、物に宿らせてしまうこともある。
　さらに、何もせずともその志……大まかな意志や意味を、後に広く伝えることすら……できてしまうことさえある。
　おまけに場合によっちゃあ、オレら魔物をこころよく思わない精霊どもが、力を貸すことだってあるしな。
　……かつて、そうやって力を得て、オレら魔物を倒した人間たちがいるのを、デスピサロさまは知っていた。

　ましてや、相手はわれら魔族ですらわからなかった事実を知ってしまうほどの予言の力を持った王と、その一族さ。……下手に殺してしまえば、その魂の力で……せっかく封じた情報を伝え広め、更なる障害を生みかねない……そう思った。

　だから、念には念を入れ……身も心も眠りにつかせる呪いをかけ、人や精霊の力の及ばぬ、異空間に閉じ込め……さらにその後、城には強力な部下を配置したのさ。

　……おまけに、その呪いを解くカギは、デスピサロさま自身か、その腹心となるエビルプリーストさまが、それぞれ交代で持ってるって話だぜ。

　……まったく、頭の下がるお方だろ？……人間どもを滅ぼそうとしながらも、人間どもの力を過小評価しやしない。

　……もっとも、オレはそんな呪いを大勢にかけたにも関わらず、ぴんぴんして世界を飛び回ってるあの方の方が……よっぽど、恐ろしいと思うけどねえ……。

　……ケケッ、わかったか？あの方の恐ろしさが。
　……わかったなら、デスピサロさまに逆らおうなんて考えはやめとくんだな。

　……ケケケケッ、目ぇ見りゃわかる。おまえら、デスピサロさまのこと、嫌いだろ？
　……スキあらば蹴落としてやろうってたくらみが、全身からぷんぷん出てんぜ。

　よくいるんだよ、おまえらみたいな、ぎらぎらした空気の新入り。

　……まあ、強けりゃ弱いヤツをどうしたってかまわないってのは、魔物の基本だからな、止めはしねえけど……今のおまえらじゃ、デスピサロさまに一目睨まれただけであの世行きだ。

　ただスキ見てぶつかったんじゃ、よくてマネマネ、じゃなきゃさまようたましい、へたすりゃメラゴーストになっちまうのがオチだぜ。もっとやり方、考えたらどうだ？
　そうだな……どっかの誰かさんみたいに、うまく取り入って弱点さぐるとかなぁ……ケケケケケッ。

　……ま、どうするかはおまえらの勝手だけどな。今後もし倒したってなら……そんときゃ、頼むぜ。

　……何をって？
　オレだよオレ、親切にいろいろ教えてやったろ？もう知り合い程度、いや友人にはなっただろうよ。
　他人と友人じゃあ、そりゃ、いざってとき待遇違って当たり前だろ？

　ケケケケッ、そこんとこ、びしっと頼むぜぇ、新入り。

　……そこまでで、話を終えて。

　ケケッと笑う、小さな魔物……この魔物の城、デスパレスの中でも、ひときわ鋭い勘を持った、饒舌な魔物は……曖昧な反応で立ち去る、見慣れぬ後ろ姿を見送り……気が済むまで話した後の、すっきりした心もちで、テーブルに置いてあった飲み物を飲みほした。

　生まれ持った、ひときわ鋭いカンを生かすことのないまま……新入りと呼び、語った相手の真の姿が……復活した地獄の帝王を、そして魔族の王デスピサロを討ち倒す存在になるとは……夢にも、思わぬまま。

――fin