むかしのおはなし

　……出会いのお話、かい？
　そうだな、出会ったのは……もうどれくらい前になるかな……。

　初めて出会ったときのことは、実はそんなに覚えていないんだ。

　私はずいぶんと小さかったし、痛くて寒くて、お腹もすいていたしね。そして弱かったから、わけもわからないまま、じっと身をかたくして、その苦しみに耐えることでせいいっぱいだった。時折あたえられる、わずかな食事だけを支えにしてね。

　どうしてそこにいたのかも、よくわからない。たぶん……群れからはぐれて、食べ物の匂いにつられて、それでつかまってしまったんじゃないかな。そのあたりは本当に曖昧なんだ、自分でも驚くほどにね。

　けれどある日、その痛みが止まった。そして、あたたかい手がさしのべられた。

　わけがわからず、立ちあがったものの、動けないでいたこの身体を、その手の持ち主は、やさしくなでてくれたよ。それは本当にあたたかく、やさしくて……いい匂いだった。本当にそれだけで、その手の持ち主を……その人たちのことを、好きになったんだ。この目はそれほどよくはないのだけれど、それでも光り、輝いて見えた。このあたたかい場所にずっといたい、そう思った。

　それからその人たちは、私を何度も、同じ呼び方で呼んだ。聞いたことのない呼び方だったけれど、その人たちの声が好きだったから……私は、返事をして駆けよった。……それが名前というものだと気がつくのに、しばらくかかったよ。人が私たちに、種類以上の名前など、つけないのが普通だからね。

　そのあと、私はいろんなところに行った。その人についていってね。静かで優しい村、小さな地下室に、長い長い、まぶしい階段、雪化粧の大木の国、薄暗い洞くつ、足のとても冷たい、凍れる城……どの場所も、素敵だったよ。今でも思い出すたび、鼻と手がうずきだす。むせかえるような緑と花の匂い、鼻の奥と手のひらからしみわたる冷たい感触、甘い果実の香り……本当に、そのまま伝えたいぐらい、はっきりとね。

　……けれどね、ある日、別れが来たんだ。

　……いつものように、私はその人についていった。どんな暗い場所も、その人が前にいれば、何も怖くなかった。怖い目をして襲いかかってくる魔物も、鋼と土に混じる、どこか乾いたすっぱいにおいも、不気味な暗闇も、怖くなかったんだ。……でも。

　とても大きく、強い魔物に襲われてしまってね、私は倒れて、気を失ってしまった。そして、強いにおいで目を覚ましたんだ。大好きな匂い、鋼のにおい、そして……血と炎、そして炎がもたらす、ひどく激しい、黒く熱いにおいで。

　動けない私の前で、すべては終わった。大好きだった人たちは、誰かもわからない魔物の手で消えて、私だけ、その場に残された。しばらくないていたけど、残された匂いすら、すぐに薄れていって……間もなく消えてしまうだろう、そう思ったよ。……どうしよう、どうしよう、そう混乱して、なきながらくるくる回っているうちに、地面に残っていた炎と煙は消えて……まだ熱さが残る、黒く焦げた場所に、一つだけ、何かが転がっているのに気がついた。

　……それは鋼の武器だった。炎の中に消えた人が、いつも持って使っていた、銀色の長い武器。……触れてみると、それはまだ熱かった。触れた身が焦げるほどにね。……けれど、その熱さをなくしてはいけない、そんな気がして……私は口の周りが焼けるのもかまわず、それをくわえて、外に向かって走り出した。

　あの人に届けなきゃいけない、そう思ったんだ。……そんなすぐ外に、いるわけがなかったのにね。聞いたこともない場所に、魔物が連れていったのに。それを届けたところで、どうなるわけでもなかったのに。けれど、私は……走り続けた。あの人の匂いを、あの人を求めて。

　その後も、たくさん走ったよ。夜が来ても、その夜が明けても。ずーっとずーっと走って、さがした。……あんまり見つからないから、もうこの陸地にはいないんだ、そう思って、海をわたった。

　……え？どうやってって？泳いだんだ。……ああ、少し大変だった気もするけれど……そんなにめずらしいことじゃない。何度も試して、練習もしたし……そのころには、私の体もずいぶん、大きくなっていたしね。

　海をわたって、その陸地をさがしまわって……けれど、やっぱり見つからなくて。さすがに少し、疲れてしまってね。それで、ちょうどいい巣穴を見つけて、しばらくそこにとどまることにしたんだ。あの武器も、海ですっかり冷たくなってしまっていたから、少し休ませれば、少しは熱さが戻るかもしれない、そう思ったし。それに、近くにおいしいエサ場があったから、ちょうどいいってね。……まさか、そこが村の人たちにとって大事な、畑って言う場所だなんて、知らなかったから。今では、悪いことをしたと思っているよ。

　でもね、それで私は……その人に、また会えたんだ。

　その人は、村の人に畑を荒らす魔物退治を頼まれて……私のいた巣穴まで、やってきた。

　けれど、あんなにさがしていたのに、最初見たときは、その人だって気づかなくてね。その日まで、私の中でその人は、ずーっとずーっと、小さな子供だったから。ずいぶんと様変わりしたその人のことが、わからなかったんだ。

　なんだかいろんなにおいに混じって、いい匂いがするな、だけど、これはなんだろう……って。なにかひっかかってはいたけど、その人が思い出の品を出してくれるまで、本当に思い出せなかったんだ。……我ながら、薄情だね。

　だけど、その人だ！って思い出したときは……本当に、うれしくて。思い切り飛びついて、喜びのまま、顔をなめまわした。……自分の体の大きさも忘れてね。おかげでその人は地面にひっくり返ってしまったけれど……また、名前を呼んで、頭をなでてくれて……記憶よりもその声は低く、手は小さく、かたくなっていたけれど……うれしかったよ……本当にね。

　……どうしたんだい、急に……二人して、私の頭をさわって。

　……そうか、そうだね、少しでも、ぬくもりが残っているかもしれないね。そのときだけじゃなく、そのあとも、私は、たくさん頭をなでてもらったからね。

　でもね、心配ないよ、そんなことをしなくても……きっと、また会えるから。だって、とっても強いんだ。あの人は……君たちのお父さんは。

　お母さんだって、そうだよ。何せ、君たちのお父さんが選んで、お父さんの旅についていく、自分でそう決めた人なんだ。強くて優しくて、とても心がきれいな人なんだ。だから絶対、味方してくれるよ。……何がって？……うーん、そうだな、世界……かな？

　いや、わからないけれど……だけどね、これだけは確かだ。

　私たちは、いつだって君たちの味方だ。どこにいても、どんなときでも。だから、絶対大丈夫。絶対、見つけ出してみせる。君たちのお父さんと、お母さんを。

　だから、心配なんてしなくていい。二人に会えたら、思いっきり飛びついて、なでてもらうといい。あれは本当に、気持ちがいいから。他ならぬ君たちだ、一番乗りはゆずってあげるよ。……本当は、私が真っ先にいきたいのだけどね。

　……長い話になってしまったね、少し、疲れたかい？なら、少し眠るといい。……ああ、昔、君たちのお父さんとお母さんも、そこで身をよせあって、眠ってしまったことがあるよ。私の腹は、どうやら気持ちがいいらしいね。……あったかいかい？……うん、そうだね、もしかしたら少し、そのときのぬくもりが残ってるからかもしれないね。

　……おやすみ、ゆっくり、眠るといい。君たちの匂いは、やっぱり、あの人たちに似ているから……私も、いい夢が、見れそうだ。

　……きっと、また会える。君たちも……私たちも……きっと……。

　……この城の王子と王女を腹に抱いて。
　中庭の陽だまりの中、長い間、まるで昔語りをするように優しく幼い二人に吠え続けていたキラーパンサーは、身体を横たえ、ゆっくりと瞳を閉じた。

　瞳を閉じる瞬間、わずかにもらした獣の声は、未だ行方の知れぬ主人を――このグランバニア城の王と王妃の名を呼んでいるように、見張りの兵士には聞こえたのだった……。

――fin

（以下コメントにつき薄字・見たい方はマウスでドラッグしてください。）

　……ざっくり言うと単純に干支（トラ）記念に。

　いえ、年賀状で一枚キラーパンサー描こうかなーと思い、組み合わせ的には主人公かな、いや最近バトルロードとかもあるから王子王女の方がいいかなー……と絵柄とストーリーを考えてるうちに、気が付いたらこうやって話が出来上がっていたので、割とそのまま。思い出すに、PS2版リメイクで、王女が魔物と少しだけ話せる……という会話があった気がするので、そういう意味ではPS2版リメイク準拠かもしれません。

　とりあえず名前は出さずにすんだのですが、苦悩の末結局一人称を出したのが未だにいいのかなーと迷ってたりもします。主人公たちが行方不明時、王子王女に語りかけるイメージなのでなんとなくちょっと大人びたイメージの方がいいかな、とこうなったのですが……うーん、と未だに自問自答。好きなゲームってこういうの、本当難しいですよね。まあ、ちょっと賢すぎない？と思った方は、ビアンカのリボンつけっぱなしとか、主人公がたくさん賢さの種を与えたとでも脳内補完してください。

　勢いネタですが、ここまでおつきあい、ありがとうございました。