もうひとつのせかい

　「もう、なにしてるの
　　早く寝なきゃダメでしょ？」

　「やだよー
　　まだねむくないんだもん」

　「もう、しかたないんだから
　　ほーら、早くベッドにはいるの

　　おねえちゃんが、おはなししてあげるから」

　「……おはなし？」

　「そうよ、おはなし
　　もうひとつの世界のおはなし……」

　ひろいひろいこの世界。
　どこまでもどこまでも続く、空と大地と海の世界。
　けれども、実はもうひとつ……広い世界があるのです。

　この世界と、よく似た世界。
　とてもとても、似た世界。
　けど少しだけちがうのは、そこにはこの世界にないものが……たくさん、たくさんあるのです。

　今は失われた、大きなお城。
　消えてしまった、魔法の品。
　もういるはずのない、大切な人……。

　この世界に住む人々の望みが。
　たくさん集まり、広がり、形になって。
　時には失われたその場所を、時には失われた品物を、そして時には新たな何かが。
　もうひとつの世界に生まれ、育ち、動きだし……世界の力になるのです。

　「ちからに？」

　「そうよ、力になるの」

　「どんな？　どんなちから？」

　「……そうね、たとえば……
　　こわれてもうもどらない、そんな物を見つけられたらうれしいし
　　今はとおくて会えない大好きな人に……
　　会うことができたら、うれしいでしょ？」

　「あえるの？」

　「そうよ、会えるの」

　「どうして？　どうやって？
　　どうすればまたあえるの？」

　「……それはね、今からはなすところ」

　その世界は、近くて遠く。
　ずーっとずーっと歩いても、大きな乗り物に乗ったとしても、たどりつくことができません。
　だけど、けれども、ただひとつ。
　あなたが目をとじ、眠りにつけば……その世界へと、行けるのです。

　人の望みが、その心が。
　集まり、広がり、形になった……もうひとつの……夢の世界。
　……世界はいつも、あなたを待ってる。

　眠りの間の、ほんのひととき。
　自由に世界を旅するあなたを。

　……大事な人が、大事な何かが。
　あなたが来るのを待っている。

　あなたが喜ぶ、そのために。
　あなたを癒やす、そのために。
　……心に希望を、与えるために。

　めざめたときには、何も覚えていなくても。
　めざめたときには、何も残っていなくとも。
　……それでも、あなたがめざめるために。

　大事な誰かが……時には、あなたが。
　あなたに愛を届けるために。
　いつも世界は、あなたを待っているのです……。

　「……だからね、もう眠らなきゃ。
　　歓迎しようと待ってるのに、いつまでも待たせてたら……
　　相手が怒って、わるくてこわーい夢になっちゃうよ？」

　「えー、やだよ、そんなの」

　「じゃあほら、もう目をとじて
　　あかりを消せば、きっと眠れる
　　今眠れば、きっと……すてきな夢の世界が待ってるわ」

　「……そうなの？」

　「ええ、きっと」

　「……」

　「……いい子ね、おやすみなさい、テリー」

　……小さな弟が、目を閉じたのを見届けて。
　少女は小さな明かりを消し、自分のベッドにもぐりこんだ。

　遠い遠い、そしてごく近い場所にある、不思議で素敵な、もうひとつの世界。
　少女もまた、その世界へ行くべく、目を閉じ……その場所へ続くあたたかい暗闇に、身をまかせる。

　……いずれ本当に、その世界へ行くときが――目を覚ましたまま、その世界を冒険するときが来るとは……それこそ夢にも思わぬまま、少女は静かに眠りについた……。

――fin