天使歴グランゼニス年、星の月△日、晴れ

　ラフェットのすすめに従い、日記をつけることにした。
　なんでも、そうすることが弟子をとった者のならわしらしい。

　文字にして書くということで一日の出来事を整理し、そうすることで一日の修行の結果を改めて確認。それによって、弟子と師、互いの成長を著しくうながす……そのようにラフェットは言ったが、私はこれまでそんなならわしを聞いたことがない。

　……しかし、せっかくの機会だ。これも私自身の修行と割り切り、これからしばらく挑戦してみることにしよう。……いつまで続くか、わからないが。

　天使歴グランゼニス年、星の月□日、晴れ時々曇

　師弟関係の申請も終わり、私は師匠、弟子は晴れて見習い天使となり、共に修行を始めることになった。

　とりあえず希望する進路や扱ってみたい武器など、基本的な質問をいくつかしてみたが、まだ慣れていないのか、緊張し、言葉につまる場面もよく見られた。

　師弟たるもの、信頼関係を築かねば話にならぬ。……自分自身が弟子だったころを思い出し、我が師のエルギオスさまを見習い、笑いながら緊張するな、と言葉をかけてみた。

　……なぜかますます言葉につまったので、どうしたのかと尋ねると、しばらくしてやっと、脅えながら自分が何か悪いことをしたのか、と逆に尋ねられた。……どうやら私の笑顔が、弟子を脅えさせてしまったらしい。

　この状態では修行にならぬと判断し、修行を早めに切り上げ、しばらく鏡の前で自然な笑顔の練習をした。……明日はうまくいくといいのだが。

　天使歴グランゼニス年、夜の月○日、晴れ

　……はじめはどうなるものかと思ったが、若い弟子は思いの他順応が早かった。
　二、三日もすると緊張も解け、元気なあいさつ、そして自然な笑顔を私に見せてくれるようになり、本格的な修業を始めることにした。

　まだまだ未熟ではあるが、なかなか見所があるようにも思える。
　そうラフェットに話すと、もう親ばか？と笑われた。

　親ばかではない、客観的な事実だ、そう私は言ったのだが、はいはい、とさらに笑いながらあしらわれた。……まったく、これだから腐れ縁というのは厄介だ。

　天使歴グランゼニス年、夜の月●日、晴れ一時雨

　弟子の成長はめざましい。
　いや、この年頃の子供の全てがそうなのか。
　とにかく一日一日、限界を越え、前日よりも強くなっていく。

　もちろんまだ未熟であることには変わりはないが……それでも、日に日に私の教えを吸収し、成長していく弟子を見るのは、純粋に興味深いものだ。

　そう思いながら見守っていると、弟子に特訓の成果ですか？と尋ねられた。

　意味がわからずその旨を伝えると、弟子は一瞬口ごもったが、私がふたたび尋ねると観念して理由を話した。

　……どうやら、私の鏡の前での特訓を見たラフェットが、この弟子にそれを伝えたらしい。

　このことは秘密と言われている、どうかラフェットさまには内緒にしてください、と強く頼まれたが……。まったく本当に、あいつは。

　……しかし、そうなると、弟子の修行を見て、私はいつの間にか笑っていたことになる。……なるほど、親ばかと言うのも、否定はできまい。

　……私を弟子に取ったばかりのころ、よく笑っていたエルギオスさまのことを、思い出した。

　天使歴グランゼニス年、夜の月△日、晴れ

　今日はついに、弟子に模擬刀ではなく、本物の剣を持たせてみた。

　どのような反応をするのか見ていたが、嬉しそうでもあり、少し緊張しているようにも見えた。

　……私が初めて本物の剣を手にした時は、ついに師匠に認められた、そう手放しに喜び、その剣の重みのことを考えもせず、師匠にいさめられたが……この弟子は、そうではないようだ。

　それがよいことかそうでないのか、私には判断しかねたが……その後、武器の危険性と重要性について語る私の言葉に、弟子は真剣に聞き入っていた。

　きっとこの子は強くなるだろう。……いずれ、私よりも。
　こうして成長を見守り、記録していられる時間も、そう長くはないかもしれない。
　……それは、喜ぶべきことだろう。

　天使歴グランゼニス年、音の月○日、曇一時雨

　弟子もずいぶん、剣に慣れた。
　もうすぐ地上で実戦を経験させてもいいかもしれない。

　その前に、一度地上を訪れ、守護天使の仕事を見せることも必要だろう。

　我ら天使は、人間の生み出す、星のオーラを集めるのが使命。
　もちろん、天使にもさまざまな役割があり、それを行わぬ天使もいるが……人間を見て、どう思うか。それは天使としての、将来の重要な指針となる。

　我らによく似た姿を、そして我々天使とは似ても似つかない行動を見て、好感を抱けるか、そうでないか。
　好感を持つことができれば……それだけでも、守護天使としての資質、才能があるということになるのだ。

　……しかし、残念なことに、しばらく地上の天気が崩れるらしい。
　天気が崩れては戦闘にも見学にも支障が出る。……弟子を地上に連れていくのは、天気が回復してからにしよう。

　残念だ。

　天使歴グランゼニス年、雫の月●日、晴れ

　……自分で日記を読み返し、未だ弟子を地上に連れて行っていないことに気がつき、驚いた。

　そう言えばここしばらく、天気が悪い、風が強い、今はよくとも、地上に着くまでに崩れるかもしれぬ……天気について、弟子とそのような会話しかしていない気がする。

　……うむ、明日は弟子を地上に連れていくことにしよう。
　自身の行動を振り返る機会を持ててよかった。
　この点は、ラフェットに感謝せねばなるまい。

　天使歴グランゼニス年、雫の月▲日、晴れ

　結局、用が入って、弟子を地上に連れていくのが今日になってしまった。

　私の担当するウォルロ村に連れていったが、弟子はおおむね楽しそうに村の様子を見守り、守護天使としての私の仕事を、興味深そうに見つめていた。

　帰りに感想を尋ねると、楽しかった、また是非訪ね、私の仕事を手伝いたいと語った。

　地上に行ったということで、オムイさまに報告をした後、ラフェットのもとへ行ったところ、開口一番、親ばかね、顔に全部出てるわよと笑われた。

　……ラフェットのせいで、私の親ばかという呼称が天使界で定着しつつある。あまりそういうことを言うのではない、弟子に示しがつかぬ、そうきつく言っておいたのだが……まさか、それを私を追ってきた弟子が聞いていたとは。

　……これでは示しがつかぬではないか。まったく。

　天使歴グランゼニス年、雫の月■日、晴れ時々曇

　今日も順調に修行は終わった。

　あの一件で、弟子の態度が変わらぬか、危惧していたのだが、そのようなことはないらしい。さすが我が弟子だ。

　修行の最中、スキルを上げていけばこのようなこともできるぞ、と私が剣の技の見本を見せると、すごいすごい、と目を輝かせた後、いつも以上に必死で剣を振っていた。

　修行を終えた後は、いつか自分も師匠のようになれるようがんばります！と言われた。

　……昔、私もエルギオスさまに、同じようなことを言った気がする。

　そう思って辺りを見渡すと、その景色も似たような場所で……少し、妙な気分になった。……人間の言う「寂しい」……それに少し似たような気分に。

　……おかしなことを書いた。後で、消しておくことにしよう。

　そろそろ、オムイさまの元へ行かねばなるまい。
　大事な話があるとオムイさまに呼ばれているのだ。
　出かける前、声をかけられ、おまえにとってもいい話じゃ、そのように笑っていたが……。

　いったい、なんであろう。
　いい話であれば、いいのだが。

　天使歴グランゼニス年、日の月○日、晴れ

　弟子が新たなウォルロ村の守護天使に任命された。
　……弟子はまだ未熟だと進言したが、オムイさまは譲らなかった。

　おまえは自身の守護天使の任を解くことを強く望んでいたのに、おかしなことを言う、そうオムイさまに言われた。

　……もっともな話だ。……きっと、おかしいのは私なのだろう。弟子もまた、自身が守護天使に選ばれたことを告げると、嬉しそうに喜んだのだから。

　……まだ、終わりではない。守護天使としての任務を伝え、弟子が一人立ちするまで、私の守護天使の任は続く。その過程が、長引くことも、よくあることだ。

　明日が雨であればよいな、報告後の帰り際、そうこぼして、ラフェットに驚かれた。
　……やはり、私は……少し、おかしいのだろう。
　こんな日は……早く、眠ることにしよう。

　天使歴グランゼニス年、日の月■日、晴れ

　弟子への引き継ぎは、順調だ。
　あまりに私の教えを早く覚えるので、そうもはりきらなくてもよい、無理に早く覚えようとすると、逆に抜けていってしまう。ゆっくり、ひとつひとつを覚えてゆくのだ、そう指導した。

　弟子は素直に頷き、記憶のスピードをゆっくりにしようと努力していた。
　天使界への帰り、弟子は自分がウォルロ村の守護天使になったら、ウォルロ村の守護天使像は二つになるんですか？と尋ねるので、そうではない、守護天使は基本一つの村に一人だ、と説明した。

　……驚き、私と一緒に守護天使にはなれないのですか？と尋ねる弟子の言葉が、うれしかった。

　……やはり、この子はまだ未熟だ。
　もう少し、引き継ぎには時間をとらねばならないだろう。

　天使歴ハヌマーン年、星の月△日、紫曇時々雷雨

　久しぶりに、この日記を手に取った。
　……どうやら、私は本当に親ばかだったようだ。これでは、客観的な事実などという言葉を使うのも恥じいられる。

　今より私は、この天使界より飛び去った女神の果実を追うために、地上に行かなければならない。
　……その間に、地上にいると思われる弟子を見つけられるとよいのだが。偉大なる我らが神よ。どうか、無事であるよう頼みます。

　そして我が弟子、誇るべきウォルロ村の守護天使よ、もしも私がいぬ間に、おまえが、これを見ることがあれば……私は、無事だ。すべてではないが、天使界の者たちも、無事なものも多くいる。だから、私も天使界も、心配はいらぬ。……どうかおまえの思うように、生きなさい。

　天使歴セレシア年、赤の月●日、紫曇一時晴れ

　……我が弟子、ウォルロ村の守護天使よ。
　もしもおまえが、これを読んでいるとすれば……もはや私は、この世にいないかもしれぬ。

　私は自分のしたことを後悔するつもりはない。しかし、おまえ、おまえにだけは……本当に、すまないことをした。

　わけも言わず、勝手なことばかり言っているのは自覚している。だがそれでも……感謝、している。
　私は、おまえを弟子にしてよかった。おまえに会えて本当によかった。……直接告げることもできぬふがいない師を、許してほしい。

　どうか……元気でいてくれ。おまえは私の最初で最後の……弟子だ。
　おまえの幸せを、心より祈っている。

イザヤール