最初の冒険
(「かえるの絵本スキーに30の御題」作品)

　――しまったな。

　用を終え、お礼の小銭をにぎりしめ。
　笑みをもらしながら立ち去る男の後ろ姿を見ながら、そう呟いたのは、酒場の主人だった。

　にぎやかな酒場。
　まだ日は高いが、昼食目当ての客が椅子を占領し、とりとめのない話題に花を咲かせながら、食事を楽しんでいる。

　それはマスターと呼ばれ、この酒場を切り盛りしている男にとって、喜ばしいことだったが……たった今酒場を訪れた男に、小銭と引き換えに渡された手紙が、彼の顔をくもらせていた。

　手紙には、彼の古くからの知り合いの名で、明日の夕方、予約を頼みたい――そう、書かれていた。
　それだけならば何ら問題はなかったが……問題は、そこに書かれていた予約の人数だ。
　……ずいぶんと、多い。

　人口も、訪れる旅の人間も多いこの街のこと。
　その中心に位置する酒場となれば、当然想定外の客に対して、多めに仕入れをし、その処分に頭を悩ませるのが常であったが……手紙に記されたその人数は、想定をはるかにこえていた。
　一瞬、他の店に回す、と言う考えも浮かんだが……手紙の主に受けた恩、そして最後に書かれていた、くれぐれも頼む、と言う文字を見ると、そういうわけにもいかない。

　しかし、と今朝見た食料庫の様子を思い出す。
　基本的なものはそろっているが……いかんせん、メインとなる食材が、たりない。
　予約までして、楽しみにやって来る客全員を、満足させる食事をふるまえるようには思えなかった。

　――さて、どうしたものか。

　きれいに洗った皿を、音を立てて磨きながら、男は考える。

　確かに、男の腕ならば、手元にある材料でも、それなりの料理はできるだろう。
　だが、やはりボリュームやインパクトに欠けてしまう。
　この状態で、くれぐれも、と頼まれた相手を迎えるのは、男にはためらわれた。

　――せめて、何か目玉になるものがあれば……。

　……しかし、どこに？
　自分に対してそう尋ねた途端、男の頭に浮かぶものがあった。

　――そうだ、あれだ！

　自問自答の中で浮かんだ考えに、男は一つ頷いた。

　「あれ」……街の西、レーシィ山に生える、美味キノコ。

　まだ季節としては少し早いが、その分、手つかずであるはずだし、人の心を惑わすとまで言われた貴重なキノコだ。彼の歓迎の意を示すものとしてふさわしいはず、いや、これ以上のものはないと言ってもよい。

　男はすぐにも山に駆け出したい衝動に駆られたが、目の前の客と、その間を駆け回る従業員を見て、我に返る。
　……この状況で、山に行けるはずもない。

　それならば、と冒険に飢え、いつも酒場をうろついている赤い髪の戦士を探すが、間の悪いことに、彼には今日、別の用事を頼んでいた。

　戦士が戻ってくるのを待つのも一つの手だが、一刻も早くキノコは欲しい。さあ、どうするか……と男が再び考え、顔を上げたとき、男の目に、二階への階段が飛び込んできた。

　――そうだ！

　男の頭に、一人の人物の姿が浮かぶ。
　長いマントをはおった、不思議な瞳をした人物の姿。
　ほんの数日前に、このコロナを訪れ、今はこの酒場の二階に住まわせている、新しい冒険者。

　まだまだ未熟で頼りなく、依頼を紹介してはいなかったが、来て早々、依頼について男に尋ねたぐらいだ、興味はあるに違いない。
　それに、冒険者として暮らしていく以上は、依頼を受けることも覚えなければならないだろう。

　――決まりだな。

　男はそう呟くと、手元の皿を、磨いた皿の塔の上に重ねる。
　決意とともに強く磨かれた一枚の皿は、周囲と共にいっそう白く輝いた。

　従業員に一声かけ、男はカウンターを抜け出し、階段をのぼる。
　二階の暖炉。そのそばにたたずむ、レベルの話を好む青年が、男に軽く頭を下げた。

　男はいつもの笑顔で答えると、扉の前に立つ。
　今日はまだ、この扉が開いた音を聞いていない。
　きっとあいつは、この扉の向こうにいるはずだ。

　男は扉を叩く。
　少し置いて、部屋の主の声が返ってきた。

　「ああ、オレだ。入るぜ」

　男は扉を開け、部屋に足を踏み入れ――この日、酒場の新米冒険者にとって、初めての冒険が幕を開けた。

(from.きのことり)

01:はじまりの月を読む

03:運命に呼ばれてを読む

かえるの絵本スキーに30の御題