運命に呼ばれて
(「かえるの絵本スキーに30の御題」作品)

　――運命とは、いったいなんであろうな。

　薄暗い、白々とした部屋の中で。
　じっと動かぬ一つの影が、そう呟いた。

　小さくもらしたはずのその呟きは、石の柱や壁に反響し、静かに、ささやかに空間を揺らす。
　その揺れに、影の前を歩いていた緑色の軟体生物が、ぴたり、と動きを止めた。

　影はしばらく待ったが、緑の色をしたジェル状の生物は、影の前から動こうとしない。……影はそのまま、言葉を続けた。

　――長く考えているが、我にはいまだ、その答えが見つからぬ。

　そう言って、目線を顔ごと上に移動する。
　ツタのはった石天井は、変わらない冷たさで、影の視線を吸い込んだ。

　幾年の時の中、なお変わらぬその姿。
　……かつて、この石天井の下を、たくさんの者が訪れた。


　――出会うこと、それそのものが運命だ。

　そう言って、静かに笑う者もいた。

　――すべては、運命のままに動かされているにすぎない。

　そう言って、自虐的に目を細めた者もいた。

　――そんなことはどうでもいい。自分は宝をとりに来ただけだ。

　……最後の者には、返す言葉もなかったが。


　それでも彼らは、それぞれの中に何かを……運命と呼ばれるものを、抱いているのだろう。
　その受け止め方、考え方は、違ったとしても。

　だが、たとえここで、運命と呼ばれる何かにふれたところで……それを生かせず、重荷としてつぶされるようでは、意味がない。

　……そのために、自分はいるのだ。
　その器を、力をはかり、その何かを知るにふさわしい者かどうかを、判別するために。
　……たとえ自分が、運命と言うものを真に理解していないとしても。

　影は視線を、前に戻す。
　緑色の生物は、その姿を消していた。

　――これもまた、運命、か。

　影はかつて聞いた人の言葉を呟くと、背にした扉に、ほんの少し身を寄せる。
　……この扉の先には、大きな水晶がある。
　運命の水晶と呼ばれ、のぞきこむ人の運命を映し出すとされる、大きな球体。

　年に一度、人の世界に扉を放つこの神殿。
　その時が、もうすぐ、迫っている。
　きっと今年も、多くの者がこの神殿を訪れるだろう。
　自身の運命を求めてか、あるいは宝を求めてか。

　……どちらにせよ、自分は試すだけだ。
　訪れるものが、運命にふさわしいだけの力を、強さを抱いているかを。

　……そうしていけば、いずれ、運命と言うものを、真に理解できる日が来るやも知れぬ。

　影は一声、大きくうなりを上げた。
　声は神殿を駆け抜け、柱を、空間をぴりぴりと揺らす。

　……扉の番人が、不思議な目の色の若者と戦うことになるのは、これから数日後のことだった。

(from.運命の水晶をたずねて)

02:最初の冒険を読む

04:ティータイムを読む

かえるの絵本スキーに30の御題