祈り
(「かえるの絵本スキーに30の御題」作品)

　「祈りって言うものがさ、オレ、よくわからなかったんだ」

　コロナの街の、診療所。
　冒険者が集まる、その優しい色の建物を、後にして。
　夕暮れに染まる街の中、二人連れ立って酒場へと向かう途中、赤い髪の戦士……アルターは、ぽつり、とそう呟いた。

　冒険を終えたばかりの、少し重い足取りで。
　ゆっくりと帰途を進む中、静かに耳を傾ける仲間に向かい、アルターは言葉を続けた。

　「だってさ、何かやりてえことがあったら、
　　じっと考えるより、動いた方が早いだろ？

　　そりゃ、オレだってたまには神官の訓練とか受けに
　　神殿に行くこともあるけどよ……。
　　言ってること、難しくてよくわかんねえし。
　　……だから、そういうの、あんま意味わかんなかったんだよな」

　けどさ、とアルターは視線を上げる。
　青い瞳に、赤い夕日をまっすぐ受けて、アルターは言葉を続けた。

　「……アレックスの……今回のことがあって、
　　ほんの少しだけ、わかった気がするんだ」

　アレックス、その名を持つ少年の姿が、仲間の頭に浮かぶ。
　アルターの剣の稽古中に、足にケガをしてしまった少年。
　その時の恐怖にとらわれ、再び歩くことができなくなってしまい、ひどく悲しそうに口を閉ざした、その姿。

　……彼を助けるため、彼の中に眠る、恐怖に打ち勝つ勇気を取り戻すため、アルターたちは死者の館と呼ばれる場所へ向かった。

　襲いかかる魔物たちを打ち払い、隠された謎を解き。
　そして勇気あるものだけが見ることができるという美しい宝石、「月のしずく」を手に入れ、アレックスのもとへと届けたのだ。

　さっき見た、月のしずくを前に喜ぶアレックスの顔が、仲間の頭いっぱいに浮かぶ。
　アルターの口元からも、喜びの感情がもれていた。

　「……何かを助けたい、信じたいと思う気持ち、
　　信じようとすること、それが祈りなんじゃないかって。
　　だからさ、冒険も、魔物退治も、
　　オレにとっての祈りの形なのかもしれない、そう思うんだ」

　……なんか似合わねぇかもな。
　そう言って、アルターは照れくさそうに笑う。

　笑顔を向けられた仲間は、口元をほころばせ、

　――だとしたら、あの月のしずくが、
　　　アルターの祈りの結晶ってことなのかもしれないね。

そう言った。

　アルターは一瞬動きを止め、それから、そうだといいな、と笑って頬をかいた。

(from.月のしずく)

15:ギルドを読む

17:誇りと名誉とを読む

かえるの絵本スキーに30の御題