the OG
stage.3

　……音もなく、人々の姿が消えうせる。
　若者の持つ鏡の光、そして、仲間の武器によって。

　……拳の震えをおさえながら、若者は、ふつふつと怒りがわきあがるのを感じていた。
　人々の姿がまやかしであることは、デューイの先輩……フィンの姿があった時点で、察しがついた。
　彼の動かぬ体を、デューイが墓に葬り、弔ったのを、若者はその目で見ていたからだ。

　それに加え、武器を握る手、その構えが同じなのも決め手となった。
　知った顔の何人か、その皆それぞれ、利き手も違えば、構えも違う。
　……当人であるはずは、ない。

　だから倒すことに迷いはなかったし、肉体的には傷を負ってはいない。

　……だが、気持ちの上ではそうもいかない。

　鏡の力を使い、それぞれの抱く、大事な者の姿をのぞきこみ……そのかすめとった姿を、攻撃に使うなど……あまりに、趣味が悪い。

　大事な者の姿を、こんな形で使われ、その思いをふみにじられた仲間の気持ちを思うと、ますます怒りがこみ上げた。

　「……この程度では、効果がないか」

　虚空に、声が響いた。
　聞き覚えのあるその声に、思わず肩に緊張が走る。

　身構える若者の前に、高い足音を響かせて、堂々と正門から顔を出したのは……ジェスだった。

　かつて何度も戦った、リザリアの二人の部下の内の一人。
　褐色の肌と銀色の髪、そして何より、強い魔力を持つ、ダークエルフの青年。

　「しかし、また会うとは思わなかったぜ。
　　あれだけ惨めな負け方をして、まだたりないのか？」

　変わらない、挑戦的な瞳で若者に視線を向ける。
　若者はその目を、まっすぐに見つめ返した。

　敗北の苦い思い出が、痛みと共に頭をよぎったが……それでも、こんな卑怯な手を使う相手に、ひるみたくはない。

　ジェスはそんな若者の様子を気にも留めずに、武器を構える一行をながめ回し、仲間の上を飛ぶチビドラまで来て、目をとめた。

　「……なるほどな。不死だなんだと騒ぐヤツらの話なんぞ、
　　まゆつばだと思っていたが……そのチビの力ってことか。
　　……あの時、しっかり殺しておくんだったな。
　　おまえたちごと」

　一息に言われた言葉に、チビドラがしっぽを巻き、若者の後ろに隠れる。
　若者はさらに強く、目に力を込めた。

　ジェスはそれを見ているのか見ていないのか、銀の髪に手をやり、床に視線を一度落とす。
　それから、再び視線を若者に戻すと、口の端を大きく上げた。

　「……まあ、いいさ。ここで殺せば、同じことだ。
　　おまえたちを始末して、
　　オレたちの支配が永遠だってことを、思い知らせてやる！」

　言葉が終わるや否や、ジェスは短剣を天にかざす。

　その一瞬で、城門は霧に包まれ……厚い霧の中には、仲間と町の人々の影があふれていた。

　「ちょ……ちょっと、何コレ！あたしがいっぱいいる！？」

　「って、なんでオレがオレ以外にいるんだよ！？」

　霧の向こう、若者の視力の届かない場所から、仲間の混乱する声が聞こえる。

　――まずい！

　ここまで霧が濃いと、近づく人影が、敵の生み出す偽者か、それとも本物の仲間か、がわからない。
　確実に違うものはまだしも、仲間の偽者だと思って斬りつけて、実は本物でした、では洒落にならない。
　かと言って、手加減した攻撃では、偽者に反撃を許してしまう。

　「落ちつけ！みんな声を出せ！
　　声を出しながら、オレの声がする方に集まるんだ！」

　霧の中で、大きな声が響いた。
　あれは……ロッド！
　そうか、みんなで固まってしまえば、近づいてくる者は偽者、ですむ！

　「ああ、わかった！」

　「今、そっちにいきます！」

　仲間が賛同の声をあげ、ロッドの声に向かい、霧の中を走り出したときだった。

　「ぐあ！」

　ロッドの悲鳴が、霧の中で反響したのは。

　「ロッド！？」

　「ロッドさん、大丈夫なのですか！？
　　……キャア！」

　それに続いて、カリンの悲鳴。

　……ダメだ！

　この霧にまぎれて、偽者が、そしておそらく、気配を消したジェスが、攻撃をしかけている。
　せめてこの霧を、なんとかしないと……！
　けれど、どうすれば……！

　焦りを抑え、思考を必死でめぐらせる。
　霧……霧はどういう時にできる？
　そして、どういう時に消える？
　何か、何かないか、自分の中に！
　この状況を、打開するための何か……！

　……焦りと現実の濃霧の中、若者は自分のマントをひく力に気づいた。

　反射的にそちらを振り返ると、つかんだマントごと若者に振り回され、目を回すチビドラがいた。
　……チビドラは、驚く若者に近づき、手をとり、宙に浮かぶ。

　……手を……上…………？

　その時、かつての記憶がよみがえった。
　さまよいの街道。
　かつて晴れぬ霧に包まれ、人を惑わせていた、その街道の霧をはらったのは……。

　チビドラは宙に浮いたまま、若者の手を握り、必死で羽を動かす。

　――！

　若者は、自身の首からさげた、鏡を見る。
　……あの時、霧を払ったのは、チビドラだった。
　そして今、その力は、この鏡の中に……！

　若者は、チビドラに頷くと、鏡を高く、天にかかげる。
　その瞬間、白い光が、霧の世界を覆うのを、若者は目にした。

　白い光が、刃のように霧を切り裂き、視界を開く。
　仲間たちの姿が、そして鏡の力により、偽者が消える瞬間が、光の下にさらされる。

　「……今です！
　　ロッドのもとに集まり、手当てを！
　　そして次の攻撃にそなえるのです！」

　一番に指示を出したのは、ミーユだ。

　霧の晴れた中、仲間たちはそれぞれの姿をはっきりと確認しながら、ロッドのもとに集まっていく。

　そして、若者をのぞく仲間が一箇所に固まったとき……若者の正面には、青いローブの男がいた。
　……ジェスだ。

　「……まったく、なんでもアリかよ、その鏡は」

　少し呆れた調子で、頭をかく。
　若者は無言で、ジェスに向けて、鏡と武器をかまえなおした。

　「……おまえに言われたくない、ってか。
　　……まあ、いいさ。どんな手を、どんな力を持ってようと……
　　結局、最後は、弱ければ負ける。強ければ勝つ。それだけだ」

　ジェスが手にした短剣を、くるりと回した。

　「……やろうぜ。最後まで立っていた方が、勝ちだ。
　　おまえが勝てば、城に入れる。
　　……シンプルだろ？」

　短剣を手にし、若者に向かってかまえる。
　……瞳から受ける威圧感は、彼の持つ魔力ゆえか、それとも、若者の中に残る、敗北の記憶ゆえか。
　若者は目線を一瞬、背後に向ける。
　……仲間とチビドラの姿が、視界に飛び込む。

　……大丈夫。

　自身に向けてそう、呟いた。
　仲間の姿が、その言葉が、自身の中の痛みを、やわらげる気がした。

　門前を埋め尽くさんばかりに、大事な者の姿をとり、襲い掛かる大量の影。
　その影に紛れ、切りつけるジェス。
　さらに影は、時に自ら破裂し、若者の心身にダメージを与える。

　その攻撃をかわし、影を消滅させながら、ジェスに鏡の力で攻撃する。
　飛び散る血を、汗をぬぐうことも忘れ、ただひたすら、力をふるい――ジェスがヒザを折り、すべての影が消滅するのに、そう時間はかからなかった。

　影が消え、もとの静寂を取り戻した正門。
　その門の前で、ヒザを地につけ、床を見つめたジェスは、その姿勢のまま、ぴくりとも動かない。

　若者は荒い息を整えながら、慎重に思考をめぐらせる。

　……これで、倒した……か……？

　新たな影は、現れない。
　ジェスがこれ以上、攻撃してくるそぶりもない。

　……こちらの勝利、と見るべきなのだろうか。
　しかし……。

　若者は、ジェスに注意を払ったまま、半分だけ振り返り、仲間の様子を伺う。
　仲間たちも息を整える中、カリンは皆に傷はないか、聞き回っている。

　若者が一つ、安堵の息をもらすと、それに気づいたロッドがこちらを見て、勢いよく親指を立てた。

　……どうやら、二人とも、無事らしい。
　霧の中の悲鳴には肝を冷やしたが、仲間たちに重傷の者は、いないようだ。

　安心すると同時に、自分の中の理性が活動を始め、武器と鏡を手にしたまま、再びジェスに向き直る。

　……ジェスは、どういうつもりなのだろうか。
　本当に、力尽き、敗北を認めたのか。

　それならいい、そう思いながらも、どこか不安を感じ、ゆっくりとジェスに近づき、その様子を探ろうとする。
　だが、銀の髪とフードで顔の大部分が隠れ、その表情は読み取れない。

　「……ジェス」

　しばらくそうした後、若者は、静かに、その名を呼んでみた。
　その瞬間だ。

　「！？」

　ジェスの体が虹色に光った。
　光に目がくらみ、一瞬、視界の全てが消滅する。

　「な……っ！？」

　思わず驚愕の声をもらすと、耳元でささやきが聞こえた。

　「……おまえが勝てば城へ入れる。
　　そう、言っただろ？」

　「！」

　若者の声は、正門に最後まで響くことなく、かき消える。
　仲間たちの視界が回復した時、そこにはもう、若者の姿はなかった。

　白い壁に、赤いじゅうたん。
　美しく彩られた、白き竜をたたえ、共に生きる国の中心部。

　……紛れない、フロスティの、城。
　若者にとって、なつかしくもあり、つらくもある、思い出の場所。

　そこに今、若者は一人、たたずんでいた。

　「…………」

　無言で、周囲を見渡す。
　魔物の姿はない。……だが、仲間の姿も、ない。

　記憶の中にある城の地図によれば、ここは正門よりも、ずいぶん奥……神竜の鏡の祭られたその祭壇に、近い場所だ。

　ジェスの放った光、おそらく何らかの魔法で、ここに転送されたか。
　……この城内に転送されたのが、自分だけならばいいのだが。

　若者が現状の分析に努めていると、白い天井から、低い声が響いた。
　……この、声は。
　頭よりも先に、身体の方が反応し、こめかみから一筋、汗が流れ落ちる。

　「……まさか、再びその姿を見ることになるとはな……」

　姿を、確かめるまでもない。
　この声は……。

　「……リザリア」

　名を呼び、ゆっくり、顔を上げる。
　白い壁と天井、その境の空間に、黒い鎧の男……神竜の鏡を奪い、世界を支配した、張本人の姿があった。

　宙に浮いていることから考えても、おそらく実像ではないのだろう。
　だがそれでも、その全身を目に映す、それだけで、斬られた瞬間の痛みが、敗北の苦い記憶が、若者の内側で首をもたげ、顔を、視界をゆがめようとする。

　「……ずいぶんと、うれしそうだね。
　　そんなに、アタシたちに会いたかったのかい？」

　そう言ったのは、リザリアの二人の部下の、もう一人。
　銀の髪と褐色の肌、そして美しい容姿を持った、ダークエルフのゾーラだ。
　どこから現れたのか、リザリアの隣に並ぶと、その豊かな胸をそらし、笑う。

　……もちろん、皮肉だ。
　今の自分の顔が本当にうれしそうに見えるとしたら、それは目か、認識に確実に異常がある。どちらにせよ、治療を受けるべきだろう。

　「……なんだよ、返事もないのかい。
　　相変わらず人の話を聞かない奴だね、まったく。
　　……まあ、いいさ。
　　話があるのは、アタシじゃないからね」

　ゾーラは一人で勝手にしゃべると、宙に浮いたまま、一歩後ろに下がる。
　その代わり、進み出たのが……ジェスだった。

　「よう、どうだ。
　　招待を受けた気分は」

　……そう言って、口の端を上げる。
　傷もなく、汚れ一つない衣服をまとって。

　……あまりにも完全すぎる気配の消し方や、ひざをつく早さで、多少は予測していたが……やはり、正門で戦ったのは、本物ではなかったようだ。

　「……不満そうだな。オレが何かしたか？
　　自分のなわばりに勝手に入る者を追い出すのは当然だし、
　　ちゃんと約束だって守ってやっただろう？
　　約束どおり、おまえを城へ入れてやった。これ以上、何が望みだ？」

　「……みんなは」

　若者がそう呟くと、ジェスは軽く肩をすくめる。

　「……オレは、おまえが勝てば城に入れる、そう言っただけさ。
　　誰も、客を全員招待してやるとは言ってない。
　　それにな、これはおまえのためなんだぜ？
　　……聞かれたくない話だって、あるだろうからな」

　ジェスがそこまで言うと、宙に浮いていた三つの虚像が、赤じゅうたんの上に降り立った。
　着地の音もなく、足元からは、壁の白と床の赤が、ほんのり透けて見える。
　……やはり、実像ではない。

　だが、同じ地に立った瞬間、背に毛が逆立つような感覚を覚え、無意識に足に力を込めた。
　同時に、心音が自分の中心で鳴り響く。

　……ここまで、気にしていたとは。

　若者は、自分で自身の弱さに驚き、歯噛みする。

　三つの虚像は、床をすべるようにして、若者の前まで来ると、動きを止めた。
　若者は、弱みを見せまいと、武器を握り、正面をにらむ。

　「……率直に言おう」

　……沈黙の空気の後、声を出したのは、リザリアだった。

　「私の仲間になる気は、ないか」

　「？」

　疑問の声とともに、思わず、目に入っていた力がゆるむ。

　――……何を、言い出す。……仲間、だって？

　……若者はそれを口にはしなかったが、完全に表情に出ていたのだろう。
　気まずい空気をふりはらうかのように、ゾーラが身を乗り出した。

　「かえるが水鉄砲食らったみたいな顔してんじゃないよ。まったく。
　　本当に、物わかりが悪いとこは、ちっとも変わってないんだね」

　そう言って、髪をかきあげ、顔を突き出す。

　「……いいかい？
　　あんたの持ってる鏡、ひどく小さいし未成熟だけど……
　　確かに、神竜の鏡だ。
　　それをもらってあげよう、って言ってるんだよ」

　そこでゾーラが言葉を切り、代わりにジェスが話を続けた。

　「……もちろん、ただとは言わないさ。
　　どんな望みも叶えてやるし、
　　こんなことをしたおまえと、そのお付きたちを許して、
　　この城に住まわせてやってもいい。

　　……どうだ？悪い話じゃないだろう？」

　説明されたものの、若者の表情は、変わらない。
　……何を言っているんだ、その気持ちに、まったく変わりがないからだ。

　鏡に秘められた力を悪用し、人々を苦しめ、追い詰めた。
　そんな相手と、仲間？
　欲しいものは何でもやる？一緒に住んでもいい？

　……怒りさえ通り過ぎ、呆れしか浮かんでこない。

　返事を言葉にせずとも、若者の感情を読み取ったのだろう。
　リザリアは、静かに剣を頭上に持ち上げた。

　「……残念だ」

　その瞬間、白い天井に、仲間たちの姿が映る。
　城の門前に集まる仲間たち。
　彼らは、閉じた正門を開くべく、懸命に門に攻撃をしかけている。

　……仲間たちが、分散されたわけではない。
　そう思い、若者がひそかに安堵したのも、つかの間だった。

　突然、低い音が響き、ゆっくり、門が開いた。
　仲間たちが、一瞬喜んだその時。

　門の奥から、百はゆうに越える数の魔物たちがあふれ出した。

　「！」

　若者は、とっさに正門に向け、通路を引き返そうとする。
　だが、その時、爆発音がして、大きな塊が落ち、通路をふさいだ。

　もうもうとした冷気を放ち、若者の前に現れたのは……あまりにも大きな、氷の塊。
　通路の扉をふさぐどころか、頂点まで上れば、天井まで手が届きそうな大きさだ。
　……力技でどかせる、大きさではない。

　それならば、と鏡の力で、炎を生み出し、攻撃をしかける。
　……しかし、その炎も、氷の表面に、一すじの傷をつけただけだった。

　「……無駄だ。それは、鏡の力で生み出したものではないからな」

　背後から、リザリアが淡々と言った。
　若者は思わず、鏡の力を、虚像に向けて放つ。

　一瞬の輝きの後、虚像は欠けたが……本体には、全くダメージはない。
　余裕の笑いを見せるゾーラを、若者は強くにらみつけた。

　「おお、怖い怖い。
　　こんなにも親切に教えてやってるのに、
　　まったく、恩知らずとはこのことだね」

　「扉を開けたかったら、鏡の祭壇まで来てオレたちを倒すんだな。
　　まあ、そこまでたどりつけるなら、の話だが」

　ジェスがそう言った途端、城の奥から地響きが起こり、若者の立つ廊下を揺らした。
　そして、低いうなりが、若者の耳に届く。

　――……魔物！

　若者が通路に向かい、武器と鏡をかまえると、虚像は、まるで霧がかき消えるように、薄らぎ始めた。

　「……仲間と交代したいなら、それでもいいぜ。
　　その鏡でも、それくらいは可能だろうし、
　　こっちも交渉できるなら、別におまえじゃなくてもかまわないしな」

　「……もっとも、この城は鏡の結界で守られているからねえ。
　　鏡の力がないと、自動的に追い出されるよ。
　　だからあんたが誰かと変わった瞬間、
　　その誰かさんだけが城に取り残されることになるのさ。
　　……くれぐれも選択は、慎重にね？」

　少しずつ声が聞こえなくなる中で、ジェスとゾーラは口々にしゃべり、最後に、ゾーラの高笑いの響きを残して消えた。
　天井には、無数の魔物たちと戦う、仲間の映像だけが残る。

　……つまるところ、仲間を助けるには、魔物の攻撃をくぐりぬけ、一刻も早く、祭壇までたどりつくしかないらしい。

　若者は、武器と鏡を、強くにぎり、息を吸う。
　そして、吸い込んだ息を大きく吐くと、魔物たちに向かい、駆け出した。

――to be continued

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