the OG
stage.2

　……人々の口に、若草色の光を操る人物の噂がのぼったのは、それから程なくしてのことだった。

　魔物がうめつくす草原に、街道に、ただ一人現れる、謎の人影。
　その人影は、武器も手にせずに魔物の群れに突入し、その手から光を、時には氷や炎を発し、襲いかかる魔物を、次々と消滅させると言う。

　最初はまゆつばな話と、支配を受け入れるしかない弱者の悲しき夢物語と思われていたが、コロナの街から伝令が飛び、街を治めた魔物が消えたとわかると、話は瞬く間に世界中に広がった。

　謎の戦士。薄桃の小さな丸い輝きを頭上にかざし、何者をも恐れず立ち向かう、猛き者。
　どれほど傷つき、血を流し倒れても、すぐに再び立ち上がる。
　強い、意志の光を両の瞳にともして。
　あれは不死の化物か、それとも救いの神なのか。

　人々は噂し、その風評は、フロスティの城、リザリアのもとまで、届いていた。

　狼の牙をかわし、オークの、半魚の槍を抜け、妖精軍の弓矢をくぐり……若者は、フロスティの城へと向かっていた。

　コロナよりも勢いを増した魔物の数と攻撃に、幾度となく倒れ、力つきそうになった。
　だが、そのたび、仲間への想いと鏡の力が、若者を救った。

　そして、ついに……フロスティの城に続く、さまよいの街道。
　その街道を守る、妖精を消滅させ……ユーティスの町を、魔物たちから解放した。
　妖精の軍団から解放されたユーティスの町人は、若者たちを心から歓迎した。

　うめつくす魔物の消えた、さまよいの街道。
　その街道は、ユーティスからも、フロスティの城の姿をはっきりと映し出す。

　……かつてチビドラに導かれ、たどりついた、あの城。
　およそ一年ぶりに見る白き城は、それを包む空、そこにひそむ者たちとは裏腹に、何も変わらず、美しくたたずんでいた。
　その変化のなさが、かえって悲しく見えて、若者の胸をしめつける。

　――今日は、ここで休むことにしよう。

　仲間にそう言われ、ユーティスに宿泊することが決まるまで、若者はじっと、フロスティの城を見つめていた。

　「……大丈夫ケロ？」

　魔物との戦いでいたんだ防具を脱ぎ、ユーティスの町民が用意した部屋のベッドに転がった若者に、そう尋ねたのは、かえるだった。

　……かつて若者が、コロナの街の酒場に身を寄せていたときに、同じ部屋に住み、さまざまなことを教えてくれた、優しいかえる。

　そのかえるが、いつの間にか若者の荷袋に入り込んでいたのに気づいたのは、コロナを旅立ち、街の姿が見えなくなって、間もなくのことだった。

　別れを告げたはずのかえるとの思わぬ再会に、若者は驚き、コロナに戻った方がいい、と言ったのだが……。

　かえると一緒に住むような物好きは、若者以外にそうはいない。今の状況で、自分が一番安全なのは、若者のそばだ……かえるはそう言うと、再び若者の荷袋に入り込んだ。
　……完全に、そこを住み処と決めてしまったらしい。

　若者は呆れた、と大きく息を吐いたが、その唇に笑みが浮かんでいるのは、誰の目にも明らかだった。

　もっとも若者自身が身を守るのでせいいっぱいな戦いの時に、そばにいてはどうしても気にしてしまうため、魔物と戦う時は、荷袋ごと回復役の仲間に預けているのだが。

　荷袋から這い出たかえるの質問に、若者は、笑顔を向けることで答えた。

　……確かに、疲労はある。

　鏡の力を操ることは、やはり容易ではない。
　あの光を操り、氷や炎を生み出すことも、そう何度もできるものでもないし、襲い掛かる魔物の攻撃をかわしながら、効果的に攻撃するために、意識と体を動かすのは、大きな負担だ。

　それに、たとえ鏡の力で不死の恩恵を受け、傷が瞬時に回復するとしても……痛いものは、痛い。
　疲れていないわけは、ないだろう。

　……だが、不死の力を無効化したとは言え、自分が倒しきれなかった魔物たちの軍勢と、仲間は戦ってくれている。
　そして、自分が力つきた時は、いつでも変わろうと、駆け寄ってくれる。
　……それを思うと、大丈夫でないわけには、いかない。

　――ただでさえ、自分は人を巻き込んだも、同然なのだ。

　せめて戦い以外では、できうる限り、仲間の、みんなの負担を減らしたい。
　だから、弱音を吐くわけにも、弱い部分を見せるわけにも、いかない。
　……つらいのは、自分だけでは、ないのだから。

　ほほに、ぺたっと冷たい感覚が走る。
　いつの間にか閉じていた目を開くと、かえるが顔のそばまで来て、手をのせていた。

　「……熱いケロね」

　そうかな、と若者が答えると、かえるはうなずく。

　「……無理のしすぎは、よくないケロよ。
　　かえるでも人間でも、あんまりかかえすぎると、
　　一気に崩れて、立てなくなってしまうケロ」

　――……大丈夫。わかってるよ。

　若者は、笑って答えた。
　だがかえるの目は、それでも悲しげで、若者は首をかしげる。

　「ちょっと、いいですか？」

　扉の向こうから、声が聞こえたのは、その時だった。

　「失礼しますね」

　木のきしむ音を立て、扉が開く。

　若者がベッドから身を起こし立ち上がると、三つの人影が、足音を立て、若者の寝所に入って来た。

　先頭に立つのは、黒い鎧に身を包んだ赤ひげのドワーフ、ロッド。
　その後ろに並ぶように、大きな体格に、落ち着いた青の法衣をまとった、黒髪のモンク――シェリクに、銀の鎧に身を包んだ金色の髪のナイト、デューイが続く。

　「……ちょっと、めずらしい組み合わせだケロね」

　若者にしかわからない言葉で、かえるが一言、呟いた。
　若者は、どうしたのかと三人に尋ねる。

　その疑問に答えたのは、デューイだった。

　「突然ですみませんが……
　　その鏡を、渡していただけませんか？」

　若者は思わず、目を丸くする。

　言葉自体も少し意外だったが、それ以上に、デューイの顔、声色に危機迫るものと言うか……妙な重みを感じたからだ。

　一体どういう了見なのか、それを判断すべく若者がデューイをまじまじと見ていると、そこにロッドが割って入った。

　「だからオレが言うって言っただろ？なんだその言い方は。
　　完全に誤解されてるじゃねぇか」

　「いえ、しかし、こういうことはやはり……」

　丁寧な言葉ではあるが、デューイもまた、ひこうとしない。
　二人の話し合いが完全に平行線になったところで、シェリクが止めに入り、そして、若者に向き直った。

　「すみません、その、つまりですね。
　　あなたが身を休め、鏡を使わない間……
　　その鏡を貸して欲しい、とお願いに来たのです」

　そう言って、優しく笑う。
　若者は、首から下げた鏡に手を触れた。
　デューイが変わらず、真剣な顔でその言葉に続く。

　「……そうすれば、私たちも鏡の力をあつかう訓練ができますし……
　　ある程度教わったとは言え、やはりこういうことは、
　　実物がないと、なかなかうまくは進みませんので」

　「……何かあったとき、なんて言うわけじゃねえけどよ。
　　おまえが休みたい時に、オレたちの力が足りなくて休めねえ、
　　なんてのはごめんだからな。
　　だから、少しでも多く、練習しておきたくてな」

　最後をそうしめくくったのは、ロッドだ。

　「……ったく、だから最初からオレが言うって言ったのによ。
　　こいつがこういうことは、
　　本人には知られないでやりたいって譲らねぇから」

　……軽く、デューイに釘を刺すのも忘れない。
　ロッドの笑い声が響き、デューイが目線をそらして押し黙る。

　……そのやりとりに、若者は少し笑った。

　そして、首からかけていた紐を外し、鏡を仲間に手渡す。
　仲間はうれしそうに礼を言うと、部屋を出て行った。
　再び静かになると、かえるは若者の肩に飛び乗る。

　「……いい仲間がいて、よかったケロね」

　――そうだね。自分も、がんばらないと。

　若者がそう答えると、かえるはまた、悲しげな目をした。
　だが、その理由は、この時の若者には、わからずじまいだった。

　扉を叩く音に誘われ、目を開けたときには、夕方になっていた。
　カーテンを開け放した窓からのぞく、雲に覆われた暗い中にも、ほんのり赤い色の空。

　……眠っていたか。

　一言呟くと、若者は自分のぬくもりがうつったベッドから身を起こし、軽くのびをする。どうやら、仲間に鏡を手渡した後、かえるやチビドラと話しながら、再びベッドに転がり……少し、眠っていたらしい。
　ふと横を見ると、かえるとチビドラも、すやすやと仲良く寝息を立てていた。

　若者は、二人を起こさないように、足音を忍ばせて、扉に近づく。
　そして小さな声を扉の向こうにかけながら、ゆっくりと扉をひいた。

　「……大丈夫？起きてた？」

　扉のすぐ向こうにあった、見慣れた顔。
　草原の色をそのまま宿したような髪をした女性――ルーと、紅色の、綿菓子のような髪と匂いを持つ、ホビットのリュッタ。

　若者が二人に、何の用か尋ねると、ルーはどこからかカードを取り出し、ぱっと広げた。

　……相変わらず、鮮やかな手並みだ。
　盗賊ならではの器用さに、若者が素直に感心すると、ルーは若者に持ちかけた。

　「トランプ、やらない？」

　――気分転換にやりたいなって話になったんだけど、メンバーが足りなくて。

　ルーがそう言い、若者が曖昧にあいづちをうった途端、

　「よし、じゃあ決まり！」

……そう言ったリュッタに手をつかまれ、ルーに背を押され、半ば強引に広間まで連行された。
　広間の中心に置かれた大きめのテーブルには、先客がいる。

　黄色のローブに身を包み、静かに笑う吟遊詩人――ミーユだ。
　若者がミーユもトランプに参加するのかと尋ねると、ミーユはいつもの微笑みを浮かべ、

　「ええ、気分転換もいいかと思いまして」

そう言って、長い黒髪を揺らした。

　「さ！やろやろ！」

　そう元気な声を上げると、リュッタは若者から手をはなし、空いた椅子にぴょんと飛び乗り、腰かける。
　……どうやら、すっかりメンバーと決まってしまったらしい。
　若者は目の前にある椅子をひき、腰をかけると、テーブルに位置したメンバーを、改めて見渡した。

　……かつて、コロナの街で同様にカードの対戦をしたとき、ほぼ無敗だった、盗賊のルー。
　めったに表情を崩さず、地でポーカーフェイスを貫く、吟遊詩人のミーユ。
　表情は豊かだが、手先の器用さと遊びの経験に関してはルーに負けていない、遊び人のリュッタ。

　……とても、勝てる気がしない。

　自分の不利を認識し、はたして気分転換になるのか、と若者が軽い疑問を抱いているところに、ルーが明るい声をあげた。

　「……ねえ！どうせなら何かご褒美と罰ゲーム、つけない？」

　「と言うと？」

　微笑を浮かべたまま、それに聞き返したのは、ミーユだ。
　ルーは一つ頷いて、腰につけた荷袋から一枚、コインを取り出した。

　若者の持つ、神竜の鏡と、変わらない大きさのコイン。
　その色も薄く、暗いところで鏡と並べた場合、かなり見分けがつきにくいだろう。

　「これ、昔、商人ギルドの福引でもらったお守りなの！
　　昔の外国の通貨で、お金としては使えないけど……
　　道具屋で売ったら、ちょっとしたものにはなるんだよ。
　　優勝した人には、これをあげる！」

　「へー、いいのかい？」

　リュッタがコインをまじまじと見つめながら、ルーに尋ねる。
　ルーは迷わず頷いた。

　「うん、もらった時に聞いたんだけど、
　　このお守りって、あんまり一人が長く持ってると
　　効果が薄くなっちゃうんだって。
　　だから、あたしはじゅうぶん守ってもらったし、
　　誰かにあげた方がいいみたいだから。
　　それで、一番負けちゃった人は、ちょっとした隠し芸を披露するの。
　　ね、どう？」

　そこまで言って、最後にルーは仲間を見回す。

　「そうだね、おいらはいいよ！ミーユは？」

　「ええ、かまいませんよ」

　リュッタとミーユが賛同し、三人の視線が若者に集まる。
　視線に頭を押されるように、若者は頷いた。

　「よし、決まり！
　　じゃあ、早速あたしが配るね！」

　ルーが明るい声を出し、テーブルの上にカードを配る。
　少し複雑な気持ちを内心に残したまま、若者はカードを受け取った。

　カードが終わったのは、それからおよそ二時間後、すっかり日が沈んでからのことだった。
　ルーがカードを配り、リュッタが勝敗とそのスコアを紙にメモし……僅差の末、最終的に優勝したのは、若者だった。

　勝ったり負けたりで、罰ゲームの準備さえしていた若者は、その結果に驚き、目を丸くしたが……たまたま目を合わせたルーが、にっこりと笑い、

　「よかったね！きっとそのお守りが守ってくれるよ！」

リュッタがうれしそうにそう言うので、ルーのさしだすコインを、素直に受け取ることにした。

　……手に取ったコインの重さもまた、鏡とよく似ていて、若者は少し感心し、礼を言いながら、コインを服の中にしまいこむ。
　そして、罰ゲームの責を負うことになったのは……ミーユだ。

　「おやおや。これはまいりましたね」

　ミーユはそう言ったが、いつもと同じ笑顔で、全くまいっているようには見えない。

　「ミーユ、なにするのー？」

　リュッタが楽しそうに目を輝かせて尋ねると、ミーユは少し考え、ちょっと待ってください、と言って、広間を出て行った。
　そして、戻ってきたミーユは……小さなガラスのコップと、器を手にしていた。

　「ちょっと借りてきました。どうぞ、さわってみてください」

　そう言うとミーユは、コップと器をさしだした。
　リュッタと若者は、器とコップを交互に渡し、さぐる。
　……どこからどう見ても、どれだけさわっても、ただのコップと器だ。

　思う存分観察した後、ミーユにそれを返すと、彼は次に、細長い缶を取り出した。

　「それはなーに？」

　リュッタが無邪気に尋ねる。
　ミーユはいつもよりほんの少し強めに笑うと、

　「魔法の液体です」

と思わせぶりに答え、ガラスの器にそれを注いだ。
　何をするつもりなのか、と若者たちが注目すると、それからコップを手に取り、その口を液体に浸す。

　三人が見守る前で、コップは液体の中、ゆっくりと溶け出し……そして、その姿を消した。
　驚いた若者が思わず疑問の声を出すと、ミーユはさっとコップを取り出した。
　……空気に触れたコップは、まったく溶けた様子もなく、元のままだ。

　「うわぁ、ミーユすごーい！」

　リュッタが感嘆の声をあげ、手を叩く。
　若者とルーもつられて手を叩き……ミーユはお粗末さまです、とにっこりと笑い、頭を下げた。

　ルーとリュッタがカードと紙の、若者とミーユが使った道具の片付けを担当し、台所で二人きりになると、ミーユは若者に、さっきの消えるコップのタネを教えてくれた。

　魔法の液体、とは実は油で、そこにガラスを入れると、まるで溶けて消えるように見えるのだと言う。
　もちろん油は選ぶ必要があるが、それとガラスさえあれば、誰にでもできる簡単な手品で、ミーユも昔、人から教わった、と話してくれた。

　「人の目と言うのは、存外あてにならないものですよ」

　油の缶を元の位置に戻しながら、ミーユはそうしめくくった。

　若者が感心し頷いていると、ミーユは若者と距離を縮め、それから、と耳打ちする。何の話か、と若者は耳をすませた。

　「このような状況です。無理をするなとは言いません。
　　ただ……どうか忘れないで下さい。
　　仲間はあなたに守られるだけのものではなく、
　　ともに戦う力である、と言うことに。

　　……たとえ不死の恩恵を受けているとしても、
　　傷つくあなたを見ていることしかできないのは、
　　つらいことなのですよ。
　　リュッタやルーや……私に、とっても」

　そこまで言うと、ミーユは寄せていた顔を離した。

　「……だから、どうか、こうして身を休める時は、
　　気を抜いてください。
　　ずっと気をはっていては、心に余裕ができず、
　　何か困難にあったときに、いい考えも浮かびませんからね」

　そして最後に、いつもよりも少しだけ深く、微笑んだ。

　「……戻りましょうか。そろそろここの方々が用意してくれた
　　食事ができる時間です。
　　感謝の心がこもった食事は、きっとおいしいですよ。
　　ゆっくり食べて、ゆっくり休みましょう」

　ミーユはそう言うと、ローブと髪を揺らして、出口へと足を向けた。
　若者は少しだけ立ち止まって、それからその後に続く。

　何歩か歩いた後、ミーユは若者を振り返り、念を押した。

　「……すぐには、わからなくてもいいですよ。
　　ただ、何かの時に思い出してくだされば、それだけで」

　若者は、静かに頷いた。
　……服の中で、ルーのくれたコインが、小さく音を立てた。

　仲間とともに食事をとり、それぞれの用意された部屋で眠り――目覚めたときには、まだ、早い時間だった。

　いつでも出発できるように、眠る前から、準備は整えていたが……さすがに、夜が明けきらない時間に、仲間たちを起こすのは、気がひける。

　しかし、再び眠る気にもなれず、若者は、先に目覚めていたかえるとチビドラとともに、散歩に出かけることにした。

　かつて、姿をくらました道具屋の親類を探すために訪れた、この街。
　コロナほどではないが、この街も、ところどころ、若者の記憶とは違っていた。

　ここを治めていた妖精の趣味なのか、街の建物、その屋根と言う屋根が、鮮やかな花で飾り立てられている。
　それだけ聞けば悪くないような気もするが、問題は、その花が巨大すぎて、ほとんどの屋根が傾き、場所によってはそのツルで屋根が破かれていることだ。

　「……雨が降ったら、雨漏りどころじゃないケロね」

　かえるが呟き、若者は頷く。
　……戻ってきたら、ここの花の撤去を手伝おう、若者がそう言うと、街のはし、一本の木の下に、複数の人影を見つけた。

　何とはなしに、若者はその人影に足を向ける。
　近づくにつれ、その姿がはっきりと色づく。
　……そこには、仲間の姿があった。

　輝く金の髪と紫の鎧で身を包んだ、エルフのユーン。
　濃い緑の髪と服をまとい、その背には弓矢を背負った、ハーフエルフのラケル。
　二人が木にもたれかかるようにして並び、その前に、特徴的な藤色の髪と衣装――精霊使いのカリンが立ち、何かを話している。
　若者がその様子を確認したところで、仲間の方も若者に気づき、声をかけた。

　「おはよう、どうしたの？」

　若者が散歩に来たと答えると、よかったら一緒に話していかないか、と誘う。
　一応、かえるとチビドラの意志を確認するため、目を配るが、二人ともにこやかに頷いたので、若者は誘われるまま、木陰に入った。
　若者が、三人で何を話していたのか尋ねると、ユーンが木に手を沿えながら答えた。

　「ここの木を見てね、話していたの。
　　あの妖精の趣味だったのか、ここの植物は元気ねって。
　　……この雲がはれたら、太陽の下で、森を歩きたいわねって」

　そう言って、若者に向けて、微笑んだ。
　その笑顔がいつもよりも明るくて、若者は、ユーンの森に対する愛情に感じ入る。
　厚い雲に覆われた空を見上げ、続いたのは、ラケルだ。

　「ぼくも、早くこの雲がはれればいいのにって思うよ。
　　雲のもたらす涼しさや、雨もとても大事だけど……
　　同じくらい、太陽の光も大事なんだ。
　　森やそこに住む動物にとっては、ぼくたちより、もっとね。
　　……みんな、元気だといいんだけど」

　その目には、森に残してきた、家族や仲間をうつしているように見える。
　森にいるはずの、ラケルの母や友だちのうさぎのことを思うと、若者もそう祈りたくなった。

　そこにちゃらん、と音が鳴り、若者はそちらに目を向ける。
　カリンが、自分の胸元の首飾りに触れていた。
　……かつて、カリンの故郷で手に入れた、首飾りだ。

　「……私も、おばあさまのことを話していたんです。
　　コロナを出て、それほど時間が経っていないのですけれど。
　　ちゃんとあたたかくして寝ていらっしゃるのか、
　　自分が寝るときも、そんなことばかり考えてしまうって。
　　……おかしいですよね」

　そこまで言って、カリンは笑った。
　日の光を吸収する雲の下、さらに木の影に入ってなお、その笑顔は、若者の目に眩しく映る。

　若者は、そっと木に近づき、手を触れた。

　「……あたたかいでしょ？」

　横に並ぶ形になったユーンが、若者に向けてささやく。
　若者は静かに頷き、改めて、心に誓う。

　……取り戻さないと、絶対に。
　どんなことがあっても、この手で……自分の、手で。

　決意を込め、木に触れる、指に力を込める。
　その途端、どこからか、強い風が吹いた。

　流れる空気の壁に触れた瞬間、リザリアの顔が浮かび、若者はぐっと歯を食いしばる。

　――……感じた震えは、きっと、風のもたらす涼気のせいだ。

　そう、心で呟き、自分に言い聞かせる。
　……すそをにぎる、かえるの手には、長い間、気づかなかった。

　それから、数時間後。
　ユーティスの人々に見送られ、さまよいの街道に入り……城門をめざす道のりでの戦いが、始まった。

　赤い炎をはきながら飛びかかるキメラの集団に、炎の回避に気を取られた瞬間に、容赦なく斬りつけるゾンビの軍団。
　その隙間をぬうように、巨大化したねずみが、槍を持った魚人が、若者たちをしとめんと襲い掛かる。

　激しい攻撃に、倒したその端からわきでる錯覚すら覚える、その数。
　……だが一匹でも逃せば、再びユーティスの町が襲われる。
　若者と仲間たちは、襲い掛かる魔物たちを、死に物狂いで全滅させ……ついに、白き城の足元、フロスティの正門まで、たどりついた。

　この、奥にリザリアたちが……。
　城を見上げ、思わず息をのみこんだ……その、時だ。

　城の入口に、内側からたくさんの人影が現れた。
　敵か、それとも囚われた城の住民か、若者は身構えながら、目を凝らす。
　そこには、信じられない光景があった。

　「レオン！？」

　最初に声をあげたのは、レティルだった。
　白銅の鎧に、黒い長髪の剣士。
　レティルがずっと追い求め……かつて、牧場で起こった事件の時に、遭遇した剣士の姿が、そこにあった。

　「そんな……フィン先輩！」

　次に声を上げたのは、デューイだ。
　痛みゆえ、道を違え、悲しい別れ方をした、かつての尊敬する、騎士の姿。

　「あれは……サラじゃないか！
　　どうしてサラがここに……！？」

　「おばあさま！？どうして……！」

　仲間が口々に、声を上げる。
　だがその名を呼ばれた人々は、首一つ動かすことなく、虚ろな目のまま、ただこちらに向かい、歩を進める。
　規則正しい足音をならし、その手に剣を、武器を抱いて。

　……若者の拳が、震える。

　そして、人々は、若者とその仲間に向かい、一斉に襲い掛かった。

――to be continued

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