ジュリアスとパンケーキ

　天気のいい昼下がり。
　女王候補は、真剣なまなざしでパンケーキを焼いていた。
　……その理由は、数日前にさかのぼる。

　――この宇宙は、女王によって治められ。
　彼女と、彼女に仕える９人の男性、守護聖たちの力によって、宇宙は支えられている。
　そして今は、新しい宇宙の女王を決める、女王試験の真っ最中。
　新たな女王の候補として、守護聖たちのいるこの地に召喚された、女王候補――の一人である彼女にとって、やれることはたくさんある……のだが。

　女王試験の内容とは、主に同じ女王候補と競いあいながら、宇宙にかかわる対象物を、９人の守護聖たちの力を借りて育成すること。
　そして、やらなければならないことと言えば、週に１度、土の曜日の育成対象の視察。そして28日に一度、現女王の前で行われる、定期審査への出席。……それだけで。

　定期審査への出席は絶対だが、土の曜日の育成対象の視察は、休むことも可能であり。それ以外、何をどうするか、どのように試験に取り組むか、は女王候補たちの自由。……極端な話、定期審査以外は、毎日寝て過ごそうが、毎日守護聖とデートを重ねようが、何も罰則はない。

　ゆえに「パンケーキを焼きたい！そして食べたい！」という理由で。女王候補がパンケーキ作りに一日を費やしたころで……何の問題はないのである。

　天気のいいその日の朝、私室のドアに「本日多忙により対応不可、ご用件の方は以下連絡先にお伝えください」と書かれたプレートをかけて。
　飲み物も含めてセッティング済みのテーブルに、自分で作った、焼きたてのパンケーキ。
　さらにそこに自分好みの調味料を、惜しみなくちりばめて。
　誰も見ていないのをいいことに、思う存分、ほおばって。
　……女王候補は、まちがいなく至福の時を過ごしていた。
　パンケーキ皿を空に、飲み物を口にして……聞きなれた、自室の呼び出しチャイムの音が聞こえるまでは。

　（え、だれ！？）

　なるはずがないと思っていた呼び出しチャイムの音に、動揺した女王候補はまずそう思い。
　そして

「――私だ、いるのか？」
「ジュリアス様！？」

　……聞こえた相手……光の守護聖ジュリアスの声に、つい返事をしてしまい。……しまった、と即座に後悔した。

　現在、女王候補にとって。光の守護聖ジュリアスは、意中の相手であり……他の誰かであれば何でもない言葉や動作にも、つい大きく反応してしまう。
　それ自体は、好意を持っているのだからおおむねしかたないと、女王候補自身も思ってはいたが……今は、それがうらめしい。

　何せ女王候補にとって、今日はパンケーキの日。
　一日誰とも会わない……というか会えない仕様。
　身なりは調理や調味料で汚れてもよい、これで人前に出るなんてとんでもないような服装で。部屋は調理後の片づけがまだ、材料の残骸や、汚れたボールや調理器具その他が、そのままの状態。
　……これを人に見られたらどんな顔をされるか、わかったものではない。

　ましてや、相手は光の守護聖ジュリアス。
　好みの女性のタイプは「美・賢・優をかねそなえた女性」。
　……現状、機能性・清潔さも含めてみたところで、美などまるで感じられず。賢さ、優しさと言うならば、こんな部屋と自分を見せないことこそ、賢さと優しさである、としか言いようがない。

　（……つ、つい返事をして、ジュリアス様に部屋にいるのを知られてしまったわ。なんとか、なんとか姿と部屋を見せずに、やり過ごさないと……！）

　そう苦悩する女王候補のことなど知らず、扉の向こうのジュリアスは

「急に予定が空いたので、そなたの顔が見たくて、立ち寄ってみたのだが……入ってもよいか？」

と声をかけるので。

（う、嬉しいけど、今はダメです！もう、なんでよりによって今こんなときに！）

　女王候補は、無駄に苦悩を深める。

　……できることなら自分だって顔を見たい、だがそれは自分も部屋も満点……と言わずとも、せめて人前に出られるレベルにしあげてこそ。

（どう考えても今は無理！どうすれば……！）

　部屋を改めて見渡し、少しの間、そのように悩んだ後。

「……ジュリアス様」

　一つ深く息を吐いた女王候補は、なるべく静かに、ジュリアスに話したのだった……。

　――そして、数日後。

　天気のいい、昼下がり。
　女王候補は、真剣なまなざしでパンケーキを焼いていた。

　なるべくかわいいエプロンなど、調理に適しつつも、人目を気にした服装で。
　テーブルの前の椅子に腰掛ける、ジュリアスを背にしながら。

　……数日前、女王候補は。
　悩んだ末、正直に、ジュリアスにすべて話した。

　今日は好物のパンケーキを焼いていて、今の今まで食べていたため。……来ていただいたのは嬉しいが、片づけもまだ。自分も部屋も、とてもジュリアス様にお見せできるような状態ではない、と。

　もちろん、だらしない、などと嫌われたくはない。
　だが、変にごまかしたり、ウソをついて、それをつきとおす自信も、女王候補にはなく。
　さらにジュリアスのすぐ前にあるはずのドアプレートでも「多忙により対応不可」と宣言している。
　……休日のだらしなさがバレるよりも、下手なウソをついてバレる方が、嫌われ度合がより深くなりそう、と判断したためだ。

　すると、ジュリアスは

「ああ、やはりか、よい香りがすると思っていたのだ」

と、意外にも好意的な言葉を放ち、さらに前もった知らせもなく、急に女性の部屋を訪れた非礼を詫びた後

「私にも、パンケーキとやらを一つふるまってはくれないか」

と言い出した。

（え、パンケーキ！？ジュリアス様が！？……ジュリアス様の食べ物の好みって、たしか豪華絢爛で、手の込んだもの……よね、ま、真逆じゃない！？）

と、予想もしてなかった言葉に、女王候補は混乱し。
　混乱による動揺をしつつも、一人で食べるつもりだったので、もう材料がない、と正直に断ると。……それならば日を改めて、とジュリアスは食い下がり……本日、日を改めて。女王候補はジュリアスのために、パンケーキを焼くことになったのである。

　改めてパンケーキの練習を重ね、迎えた当日。

「……ジュリアス様、本当に、よろしいのですか？」
「何がだ？」
「ジュリアス様のお口にはあわない……かもしれませんよ？」

　作る前に改めて、女王候補は確める。

　食い下がるジュリアスのため、女王候補がパンケーキを焼く……ことが決まったあの日。
　女王候補は、ジュリアスの食べ物の好みを、改めて思い出し。
　さらに念のため、他の守護聖たちに聞いて確めてはみたが……やはり、ジュリアスの食べ物、味の好みは「豪華、高価、貴重な、手の込んだもの」。
　……どう考えても、女王候補が作るパンケーキとは、ほど遠いどころか、真逆に近い。

　女王候補の焼くパンケーキ、という意味では貴重と言えなくもないし、なるべく当日までに練習し、手を込めて、いい素材を選んで……はみたものの、限度というものがある。
　不安げな女王候補に向けて、ジュリアスは優しく微笑んだ。

「何、どうということはない。ただ、あの日、そなたの部屋から、よい香りがすると思い……興味がわいた。そして、そなたがそれを好物と聞いて、思っただけだ。……そなたが好きな味を知りたい、食べてみたい、とな」

（それは……ありがたいけど）
　
　ジュリアスの言葉を疑うわけではない。
　とはいえ、やはり好みに合わない味にならないか、あまりにも変なものを出して嫌われないか、が心配で。
　女王候補は、必要以上に真剣にパンケーキを焼くことになり。
　……自分の人生史上、一番のできあがり、と確認したうえで盛り付けて、ジュリアスの前に差し出した。

「うむ、では、いただこう」

　冷や汗など流れんばかりの、女王候補の緊張のまなざしを受けながら。
　……このままこれを撮影すれば、マナー講座の教材になるのではないか、と思えるほどの美しい所作で、ジュリアスはパンケーキを口にして。

　少しして、綺麗に完食した後「うむ、美味だ」と、女王候補に顔を向けて、微笑んだ。

　その後も細かく、焼き加減などの誉め言葉と、よい感想を伝えられ。
　女王候補が、心からの安堵と喜びに包まれた……まではよかったが。
　ひととおり感想を終えたジュリアスが

「……それで、パンケーキとやらはいつ出てくるのだ？」

……そう言ったので、女王候補は思わず笑顔のまま、かたまって

「……どうした？
　これは前菜のようなものだろう？……メインディッシュは、どうなっている？」

……続いたその言葉に、女王候補は、全身から力が抜けていくのを感じたのだった……。

　……それから、数年。

　かつて女王候補だった彼女は、パンケーキを焼くと、いつも思い出す。

　これがパンケーキそのもので、メインディッシュはない、という説明を、どうジュリアスを傷つけずに伝えるか、苦労したこと。
　そして、説明を聞いて、事態を……自分の発言の意味を理解したジュリアスの、初めて見たあの表情を。

（あれは……なかなか、貴重だったわ……）

　数年が経つが、あれほどの顔は、数えるほどしか見ていないのではなかろうか。

　そこまで考えて、彼女が最後の仕上げを終えて。テーブルの前の椅子に腰をかけ、いざ、焼きたてのパンケーキを食しようとフォークに手をかけたとき……

「よい香りがするな、パンケーキか？」

そう言いながら、ジュリアスが顔をのぞかせた。

「お帰りなさい、早かったですね」

　フォークを置いて、彼女がジュリアスに声をかけると

「ああ、今日は仕事が早く終わってな。そなたの顔が見たくて、早く帰ってきた。……私の分はあるか？」

そう言いながら、彼女の正面の椅子に腰かける。
　彼女が立ち上がり

「ありますよ。……メインディッシュは、ありませんけど」

そう、いたずらっぽく笑いながら言うと

「……また、それを言うか、十分に弁明しただろう、わざとではない、と」

ジュリアスは、少しだけ気まずそうな顔をして。

「ふふ、わかってます、ちゃんと用意してますよ」

　それを見た彼女はにこやかに笑うと、もう一枚のパンケーキを皿に盛り。……慣れた手際で、ジュリアスのテーブルをセッティングした。

　そう、わかっていた。女王候補だった当時から。……ジュリアスに、罪はない、と。

　光の守護聖ジュリアスは、名門貴族の家に生まれ。物心がつくかつかないかの年のころに、守護聖の力に目覚め、元の惑星から女王のいる地へと、召喚された。
　いわば、年端もいかないうちに、貴族の子息から宇宙の王子、あるいは宇宙の大臣へと、大出世したわけで。
　さらに光の守護聖と言えば、守護聖の首座、守護聖をまとめる、リーダー格。
　当然、守護聖を含めた周りも、そのように……必要以上にさえ丁寧に扱うのが、ごく普通で。
　……庶民の生活を知る機会も、必要もない。

　ゆえに、庶民の生活や趣味嗜好と言う点において、非常識であっても仕方ないし、当然とさえ言っていい。

　……もし、ジュリアスに庶民について知る、庶民の常識を身につける機会があるとすれば。

　まず、ある程度の長期間、対等以上の立場で交流する相手がいて。
　さらにその交流する相手に、興味を持つ程度の、好意をジュリアスが抱かなくてはならず。
　そのうえで、その相手が、庶民である、あるいは庶民の趣味に通じて、それをジュリアスと交流を続けながらも、好んで行っている……ことが必要になる。

　……めったに、あることではない。
　それこそ宇宙の一大事――異例の女王試験でも、ない限り。

　かつてと変わらず、美しい所作で。パンケーキに手をつける光の守護聖ジュリアスを前にして。
　かつての女王候補は、自分のパンケーキに目を向ける。

　……パンケーキ。
　ジュリアスの食べ物の好みからは大きくはずれているため、ジュリアスの好みを知っていたら、まず彼へのプレゼントとしては選ばれず。また、そもそもジュリアスがカフェに行くこともなければ、何らかの流れで行ったところで、選ぶこともなく。ジュリアスが味を知る機会もない。

　しかし、前菜と勘違いしたとはいえ、女王候補が心を込めて焼いたパンケーキは、ジュリアスの口にあったようで。
　その後も、女王候補がパンケーキを焼きたいと思ったり、材料が手に入ったなど、その機会があるたび、ジュリアスにパンケーキを頼まれたために。
　今では、かつての女王候補が、パンケーキを焼くときは。
　特別な理由がなくとも、二人分、用意することにしている。
　いつでも、二人で食べられるように。

　……もしも、女王試験がなければ。
　そもそもの、宇宙の一大事がなければ。
　そして、女王候補と光の守護聖ジュリアスが、たがいに好意を抱かなければ。
　パンケーキがジュリアスの好物の一つになることなど……なかったに違いない。

　（そう思うと、この光景は……とってもレアというか……奇跡的なものかしら）

　おいしそうにパンケーキを食べる、光の守護聖ジュリアスを目にしながら。
　かつての女王候補であり、現在はジュリアスの妻となった女性は、至福の味をかみしめた。

Fin.

（以下あとがきコメントにつき注意。読みたくない方は下のリンクか「戻る」機能使って逃げてください。）

　一つ前の『おかしな話』を書いてて『もしジュリアスがおいしくパンケーキを食べるとしたら……』などと思いついたので、そのままふわっと書いてみました。

　あと、一応１アンジェでも２アンジェでも、ロザリアでもどの女王候補でもいいかなーと言う形なので、名前とかはなるべくぼかしました。レイチェルだけ基本自分の呼び方が『私』ではないので、そこは勘弁してください。……見ようによっては女王候補時代含めた１女王でもディアでもいい気もしなくもないですが、一応気持ちとしては１アンジェ２アンジェロザリアイメージ。

　そして一応ラストは『妻』ですが、女王でも女王補佐官でも、そうでなくてもいいかなーとも思ってます。マルチEDの場合は、どれでも、プレイヤーが一番好きなのが正規ルートでいいと勝手に思ってるので。なんてことのない話ですが、おつきあい、ありがとうございました。