そらゆめ

　進化の秘法。
　かつて生み出された、この地上のありとあらゆる生物の進化を操ることができる……恐ろしい、力。

　その力ゆえ、封じられたその秘法。
　それを蘇らせ、悪用し……人類を、世界を滅ぼそうとした存在を打ち倒し、世界を救ったその勇者たちが――天空城を、後にした。

　喜びと興奮で、いまだ収まらぬ城のにぎわい。
　その中で、天空城の主、マスタードラゴンにつかえる兵士は、マスタードラゴンが、瞳を閉じていることに気がついた。

　何を見ているのだろう、そう思った兵士は、少しの後、瞳を開けたマスタードラゴンに尋ねてみた。

　――何を、見ていたのですか？

　しかし、マスタードラゴンは答えない。
　……再び、兵士は尋ねた。

　――あの勇者たちを見ていたのですか、と。

　ほんの少し、吐息ともに竜の声をもらすと、マスタードラゴンは、ゆっくりと話し出した。

　「……思い出していたのだ。あの子が生まれてから、今までのことを」

　あの子、それが勇者の……天空人と地上の人間の血を引く、あの勇者のことだと、兵士はすぐにそう思った。
　……マスタードラゴンは、自分たちの前で勇者の話をするとき、いつもそう呼んでいたからだ。

　天空の勇者。
　地上におりたこの城の娘と、人間の青年の間に、できた子供。

　しかし地上のものと交わってはいけない、その掟をやぶり、子を成したために、青年は命を奪われ、天空人の娘は、この城に連れ戻された。

　両親を失ったその子は、地獄の帝王を滅ぼすことのできる唯一の存在と予言されたため……山奥の村に預けられ、勇者としての教育を受け、成長し――今、こうして世界を救ったのだ。

　……マスタードラゴンは、ここにいながらにして、全てを知ることのできる者。
　その全ての中でも、彼はとりわけ天空の勇者を気にかけ、いつも見守り続けていた。

　きっと、それは掟のために自らが奪った、親の代わりのような気持ちでもあったのだろう。
　そして、やっと世界の脅威が倒れた今――万感の思いがあるのだろう、そう兵士が思っていると、マスタードラゴンは、言葉を続けた。

　「……私は、あの子から多くを奪った。

　　掟のために、実の親を。

　　予言のため、勇者と言う立場のために――
　　それまで育まれてきた、故郷の全てを。

　　しかし、それでもあの子は、自らここにたどりつき
　　世界を守るという我々の願いを、叶えてくれた。

　　……そして、自らの願いよりも……
　　もっとも憎んでもいい相手の願いを選んだ……」

　一度、ゆっくり目を閉じると、マスタードラゴンは、玉座から立ち上がった。
　そして、一歩踏み出し、背の翼を大きく広げる。

　――どこへ、行くのですか？

　兵士は尋ねる。

　「……返しにゆく」

　――……よろしいのですか？

　静かに、確める兵士の言葉に、大きなあごを揺らし、マスタードラゴンはうなずいた。

　「これほどの偉業を成し遂げ、奇跡を人に譲ったあの子に……
　　せめて一つぐらい、奇跡を起こしてやっても、かまうまい」

　その言葉が終わらぬうちに、広げた翼を揺らし、マスタードラゴンは天空城より飛び立った。
　広い空を、大きな翼で、風のように、大きく、速く駆け抜ける。
　そしてブランカの北、山と森に囲まれた、小さな村の上空まで来ると、上半身を起こし、立ち上がるようにして、動きを止めた。

　――私からの礼だ。うけとるがよい。

　そう、誰にも聞こえない声で呟くと、たった一つ、奇跡を起こした。

　はるか遠い地上、小さな丘で立ち尽くす若者が、光に気づく。
　光は瞬く間に荒れ果てた大地を浄化し、枯れ果てた川を潤し、沼地だった丘は緑の草につつまれ、花が咲き、そして……

　導かれし者たちの歓喜の声が、響きあう。
　マスタードラゴンはその姿を、いつまでも見守っていた。

――Fin

（以下コメントにつき薄字・見たい方はマウスでドラッグしてください。）

　……ひさびさにPS版ドラクエ４をやった勢いでかきあげてしまった話です。

　いえ、基本的にはゲームはハッピーエンド派ですし、能力的なものもくわえ、決してピサロが嫌いなわけではないんですが……ただ、やっぱり勇者の気持ちを考えると、仲間入りイベントは、そんなにあっさり音楽流されてパーティに入っても複雑じゃないかな、と思ったので、そのあたりを。

　もちろん勇者を１キャラとして見るのも、自分の分身として見るのもプレイヤーの自由ですし、そうできるのがドラクエのいいところだと思ってますから、そのあたりは人それぞれでいいと思うのですが、まああくまで私個人の、勝手な一つの解釈と言うことで。

　ちなみにタイトルのさかゆめは漢字では「彩華夢」、まさゆめは「まさに夢（のよう）」そらゆめは「空（の）夢」というイメージだったりします。彩華は世界樹の花のイメージからそうつけてみたのですが、そのままタイトルにしたらなんか異様に恥ずかしかったのでひらがなに。結果わりと全体にそれっぽくなった気がするのでちょうどいいかな、とも思います。

　全体に重めのネタですが、おつきあい、ありがとうございました。