歌とお菓子と、それから…
(「かえるの絵本スキーに30の御題」作品)

　秋も終盤。
　年の終わりを前に、寒さが厳しさを増すこの月。

　この月、コロナの街には、さまざまな祭が催され、祭を行う人、その祭を楽しむ人々で、街はいっそうにぎわいを増し、大通りは人の波であふれかえる。

　よく晴れた、昼下がり。
　例年にもれず、道のすきまを埋めるかのように、あふれかえった人ごみを前にして。
　幾段にもつまれた、大きな荷物を前に抱え、大柄な黒髪の青年――シェリクは、小さく呟いた。

　「……長く、なりそうですね」

　声をかけられた相手、シェリクに負けず劣らずの荷物を抱えた若者は、荷物の影で頷いた。


　――子どもたちのお祭を、手伝ってもらえませんか？

　……神殿を訪れた若者が、そうシェリクに言われたのは、今朝早くのことだった。

　お祭がどんなものか知りたい、そう言って若者は承諾し、今日行われるという、子供たちのお祭の準備を、手伝うことになったのだ。

　大通りを抜けた会場まで荷物を運び、簡易屋台を組み立てて。
　元からいた子供に、集まってきた子供、それぞれにお菓子や紙を配り、簡単な教室を手伝って。
　最後には子供たちと一緒に歌を歌い……祭自体は、昼過ぎに、盛況のまま幕を閉じたのだが……問題は、その後だ。

　会場の責任者に礼を言い、組み立てたものを解体し、また使うもの、もう捨てるものとを分別し、物を詰めた箱を抱え、さあ、帰ろうとなったとき、シェリクと若者、二人の前に飛び込んで来たのが……人、人、人の大洪水。

　とてもじゃないが、強引に横切れる状況ではなく、そのすきまへと突入することすら、容易なこととは思われない。
　……二人は、顔を見合わせる。

　とは言え、神殿へはここを通るしか道はない。
　少しの沈黙の後、二人は軽く頷くと、決死の思いで、人の海へと飛び込んだ。


　……二人が神殿へとたどりついたのは、それからおよそ、一時間後のことだった。
　所定の場所に荷物を置き、神殿の椅子に腰をかけ。用意された水を口に含み、やっと一息ついたところで、シェリクは若者に尋ねた。

　「お祭は、いかがでした？」

　若者の頭に、数時間前の出来事が思い浮かぶ。
　お菓子や、食べ物のいい匂い。
　一つになる歌声。
　そして、子どもたちの笑顔。

　若者は、楽しかった、と答えた。

　「そうですか……よかったです」

　若者の返事を聞いて、シェリクは胸をなでおろす。
　シェリクの様子に、若者がどうしたのか尋ねると、シェリクはいえ、と軽く前置きし、

　「……例年のことですが、あの人ごみに音を上げてしまい、
　　もう二度とやりたくない、と言う方も多いものですから。

　　それに、あなたにとっては初めてのお祭でしょう？
　　悪い思い出になっていないか、少し心配だったのです」

　でも、とりこし苦労だったようですね、と言って微笑んだ。

　「今月はお祭が多いですから。
　　よければ、またご一緒しましょう」

　若者は頷き、もう一度、今日は楽しかった、とそう言った。


　次の日の朝。
　酒場の二階の、二人部屋で。
　若者と同じ部屋に住むかえるは、布団の中の若者に声をかけた。

　――もう朝だケロ。起きるケロ。

　若者はむくり、と身を起こす。
　甘い匂い。
　匂いの方向、テーブルの上を見ると、かえるが廊下から引き入れた、酒場の主人、マスターの焼いたさしいれのケーキが、静かに湯気をたてていて。
　階下からは、時折ここを訪れる吟遊詩人の奏でるものか、優しい音楽が流れている。
　……その二つを見つめ、若者は言った。

　――今日も、お祭？

　若者の呟きが理解できず、かえるは起きて早々、首をかしげることとなったのだった。

17:誇りと名誉とを読む

19:最高の武器を読む

かえるの絵本スキーに30の御題