最高の武器
(「かえるの絵本スキーに30の御題」作品)

　街の上に広がる、青い空。
　平和で穏やかな風が流れ、過ごしやすくなった、この季節。
　まるでこの世に心配することなど何もない、そんなふうにさえ思えるような、朝の空。

　その空の下、広場の噴水のすぐそばで。
　紅色の、綿菓子のような髪をしたホビット――リュッタは、悩んでいた。

　過ごしやすい気候。実りの季節。
　何を食べてもおいしい、リュッタにとって大好きな季節、そのはずなのだが……最近、ちょっと違うのだ。

　確かに食べ物はおいしくて。
　フルーツは甘くて焼き菓子は香ばしく、ほくほくお芋やあつあつスープは絶品！……にもかかわらず。

　ときどき、ふっと、物たりなさを感じるようになったのだ。

　食材の味が落ちたわけではないし、ましてや常駐先のシェフの腕が落ちたわけでもない。

　ただ、なんだろう。
　なにか、なにかがたりない、そんな思いが、ふっと頭をよぎるのだ。

　たとえるなら、そう……ロッド。武器のないロッド。
　あとは……やせ細ったマノン、卑屈なダルトン……そんな、感じ。

　――なんだろう、なにがたりないのかな……。
　　　いつから、こんなだったっけ？

　うーん、と悩みに紅色の頭を沈ませた時、

　――リュッタ。

　声をかけられ、リュッタははっと息を呑んだ。
　と同時に、声をかけた相手、その顔を期待とともに見上げた瞬間、ぱあっと紫の瞳を輝かせる。

　悩みも疑問も一気に消えうせ、リュッタは元気よく朝のあいさつを返し、思いついた言葉が、そのまま口からこぼれ出た。

　「ねえねえ、新しいお店ができたんだって！
　　つれてっておくれよ！」

　相手の承諾を聞くや否や、リュッタは飛び上がらんばかりに喜んで。
　相手を連れて、店への道を駆け出した。

　走った頬に感じる風は、少し肌寒く感じたが、それでもリュッタはご機嫌で。
　店に入ると、空いた席を見つけて、飛び乗るように腰をかけた。

　相手と向かい合って注文し、うきうきしながら出てきたスープを一口飲んだ瞬間、目の前に何かが輝く感じがして、リュッタは大きな目を見開く。

　自分の求めていたもの、それが今、この瞬間に手に入った、そんな気がして。
　ふと前を見ると、リュッタ同様、スープを口にした若者が、リュッタに向けて笑顔を見せた。

　――そっかあ……。

　リュッタの中で、まるでパズルが完成するように、一気に疑問の答えが姿を現す。

　物足りなさを感じる、それはきっと、あの日、冒険の果て、トルテの実のクッキーを、みんなで食べた、あのときからで。
　そして今まで足りなかったもの、ないとさびしいと感じたもの、それは……。

　リュッタの手が止まっているのを見て、相手、数週間前にリュッタの依頼で、ともにトルテの実を採りに行った若者は、どうしたのかと尋ねる。

　リュッタは満面の笑みを浮かべて言った。

　――若者は、自分にとって……最高の武器だ、と。

　スープから広がる、やわらかくあたたかい湯気の中、若者は少し困ったように首をかしげた。

(from.トルテの実のクッキー)

18:歌とお菓子と、それから…を読む

20:大切な友達を読む

かえるの絵本スキーに30の御題