選択の時
(「かえるの絵本スキーに30の御題」作品)

　月の見えない夜、暗闇が街を包む時間。
　酒場の二階の、二人部屋のベッドの中で。

　ふっと目を開けたかえるは、部屋の燭台の火が、灯っているのに気がついた。

　光に誘われるように視線を向けると、その先、燭台の置かれたテーブルの椅子に、同じ部屋に住む友だちが、腰をかけているのが見えて。
　かえるは、友だちに声をかけた。

　「眠れないケロ？」

　友だちはろうそくの明かりの中、かえるの方を向き、少し笑って頷いた。


　……友だちが眠れない理由は、いくつも浮かんだ。

　冬の朝、かえるにだけ話してくれた、取り戻した記憶。
　かつて友だちは、白の鎧の戦士の仲間で、親友だった。

　けれど、赤い竜が現れて。
　その爪で、白の鎧の戦士と、そのときはまだ幼かった隣の女剣士の故郷を襲おうとしたために……赤い竜を倒すべく、白の鎧の戦士と友だちは、二人で街を旅立った。

　そうして、竜に対抗できる力を与えると言う伝説の守り、ロンダキオンを手に入れて、赤い竜に戦いを挑んだけれど。白の鎧の戦士をかばい、赤い竜に敗北してしまって……傷を負い、怒った竜に呪いをかけられ、記憶を失い、かえるの姿になったのだ、と。

　友だちが、すべての記憶を取り戻したあの日から、季節はすぎ、春の足音が聞こえてきて。
　このコロナで、白の鎧の戦士の噂は流れているが、その姿はまだ見つからないし、十年の時を経てよみがえった、竜と戦うお守り、ロンダキオンの精製はまだ、完了していない。
　さらに最近では、この街の上空で頻繁に赤い竜が目撃され……呪いを解くタイムリミットは、あと数日後に迫っている。

　どれも考えて答えが出る問題ではない。
　しかし、考えないでいるには、少し重過ぎる問題だ。

　かえるは黙って起き上がると、友だちの前にちょこん、と座って、歌を歌って欲しい、とそう頼んだ。

　突然の頼みに、友だちは驚いた顔をする。

　しかし、前にミーユの依頼で友だちが作った歌、あれを聞きたい、とかえるが食い下がると、友だちは少し困りながらも、歌を口ずさみ始めた。

　やわらかい、森の日ざしと優しい風を思い出させる、そんな歌。
　「輝ける未来に、希望をこめて」
　最後にそう歌い終えた友だちに、かえるは言った。

　――前に友だちが、自分を信じると言ったこと。
　　　だから、今、自分の言葉を信じて欲しい、と。

　そして、続けた。

　――物に精霊が宿るように、歌にもきっと力が宿る。
　　　きっときみには、みんなには、輝ける未来が待っている。
　　　きみがやってきたことはまちがってない。だから、大丈夫。

　そしてもし、呪いが解けなくて、かえるになってしまったとしても……ぼくがまた、いろいろ教えてあげる。だから安心するケロ、と。

　友だちは、笑ってうなずく。
　ろうそくに照らされた笑みが、さっきよりも明るい気がして、かえるもうれしそうに一声ないた。

　運命の時は、最後の選択の時は、迫っている。
　……それでも、きっと大丈夫、友だちが再び歌を口ずさむのを聞きながら、かえるはそんな気がしていた。

(from.盗まれた歌andロンダキオンの名のもとに)

24:メッセージを読む

26:悩み、泣き、笑いを読む

かえるの絵本スキーに30の御題