いつかふたたび出会うため

　「――いってきます」

　滝のそばでたたずむ天使像にそう言って、ひとつ、頭を下げる。

　――自分の名が刻まれた天使像にそんなことをするなんて、アンタってばもしかしてナルシスト？

　そう、サンディにはあきれられたけど。
　それでも、他に思いつかなかったのだ。

　……天使界に、少しでもその近くに、私の声を届ける、その方法が。

　天使界から弾き飛ばされて、ウォルロ村の滝に落ちて、村の少女……リッカに救われて。
　ケガをして、熱まで出して、いろいろと看病してもらって。
　やっと、熱が下がって、まともに起き上がれるようになった時、私は初めて気がついた。

　……自分が、人間から姿を見えなくする天使の光輪だけでなく……背中にあった羽まで、なくしてしまったことに。

　それにはさすがに驚いたし、しかもそれらを失くした弊害なのか、天使にしては傷の治りも遅くなっていて……とにかく、まともに動けるようになるまで、思った以上に時間がかかった。

　……おかげで、人間の回復力にあわせた演技をしなくてよかったことは、幸運と言えなくもないけれど。

　しかし、そのため、このウォルロ村の守護天使です、なんて言っても信じてもらえず、羽と輪をなくした今となっては、証明するすべもなく……あまり私に似てない守護天使像を前に、この天使像さえ、もうちょっと似ていればなあ……なんて、軽く落ち込んだりもした。

　……それでも、その天使像をたびたび訪れていたのは、もしかしたら誰か他の天使に会えるかもしれない、と期待したからだ。

　天使界から担当する地へ来る時は、この天使像を目印に降りるといい、そう師匠から教わっていた。
　だから、天使像のそばにいれば、そのうち天使界から迎えが来るかもしれない……そう思っていたときに、像のそばで声をかけられ……

　――リッカじゃない声、もしかして天使の誰か？

と、期待してふりかえってみれば、ニードの……リッカを好きだから、という理由で、女である私にまでヤキモチをやいて絡んでくる村の少年の顔があったときには、さすがに神様を恨みそうになった。

　……それでも、リッカの恩返しに何をしていいのか考えていた私を、リッカのために、と一緒に峠の道まで行くように誘ってくれたのはそのニードだったし、おかげで、運よくあの日、私と同じ日に地上に落ちた乗り物……天の箱舟を見つけられ。
　そして人探しのために地上におりてきた、妖精のサンディに……天の箱舟を運転し、天使界に私を運ぶことができるという彼女にも出会うことができた。

　何より、輪と羽を失くした自分にも、幽霊や妖精を見て、声を聞くことのできる天使の力は残っていて……それでリッカの父の幽霊と出会い、リッカにその意思を伝えるという形で彼女に恩返しができたわけだから、少なくとも運の神様に見捨てられたわけではないらしい。

　そして、リッカが父親の……宿王になるという夢を叶えるためウォルロ村を旅立ち、ニードがリッカのやっていた小さな宿の後を継ぎ……私がサンディとともに天の箱舟を訪れた日……私にも、新しい目標が見つかった。

　新しい町に行き、たくさん人助けをすれば。
　……そうすれば、神様に見つけてもらって、天使界に戻ることができるかもしれない……そう、サンディに言われたのだ。

　まだそれは、単なる可能性にすぎないけれど。
　それでも、来るか来ないかわからない助けをじっと待っているよりは、自分の力で近づける目標がある方が、ずっといい。
　それに、このウォルロ村の担当は私だから、他の天使が来ないかもしれないけど、他の町なら、当然そこを担当する守護天使がいる。
　……新しい町へいけば、意外とすぐ、天使の仲間に会えるかもしれない。

　そう思うと、たくさん希望がわいてきて。
　どこか沈んでいた気持ちも足取りも、ずいぶんと軽くなった。

　だから一度箱舟から、ウォルロ村に戻って、皆にいってきますの挨拶をして。
　最後に、この守護天使像の前までやってきた。

　……やっぱり、あたりを見渡しても、天使の姿は見えなかったけど。
　……でも、ここが一番、この村で、天使が来る可能性が……高いから。

　もしも、誰かが……もしかしたら師匠が、この場所にやってきたら。
　そのときちゃんと、私の気持ちが、私の心が、届くように。

　――元気です、がんばります……きっと、また会えますよね。

　そんな思いを込めて。
　もう一度、繰り返す。

　「――いってきます！」

　そしてめいっぱい、感謝と希望の祈りをささげた。

　……私は人間じゃないから、どれだけ感謝しても、星のオーラは出せないし、仮にオーラが出てても、今の半端に力をなくした私じゃ、見えないけれど。

　それでも、少しでも思いが、残るように。
　少しでも、ほんの少しでも……師匠に……天使の皆に、届きますようにって。

　めいっぱい祈って、空を見上げる。
　晴れわたった、青い空。
　その色は、この地上のすべてを……リッカや、ニードや、私の旅立ちも、心から祝福してくれているように見えた。

―fin

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