翼をなくした天使様

　……僕がルイーダの酒場まで来たのは、両親にそう言われたからだった。

　幼いころから、僧侶として人々のために働き、呪文を使う両親の姿を見てきて。
　僕もいつか僧侶になって皆の力になろう、そしてたくさんの人を救おう……そう、心に決めていた。

　だから、がんばって勉強をして、僧侶の資格を取った時。

　これで僕も、教会の仕事ができる！
　この教会で、神父として、もっとたくさんの人が救える！

　……そう喜び勇んで父に報告したけど、父から僕にかけられた言葉は、思っていたのとは違ってた。

　――おまえは一度旅に出て、世間のことを知りなさい。

　　　　せまい世界のことしか知らない者は、せまい世界の人間しか救うことはできない。
　　　　もっと皆の力になりたいと思うなら、人を救いたいと思うなら……
　　　　広い世界を見て、たくさんの人間を見て、そしていろんなことを感じなさい。

　　　　そうでなければ、おまえの望むような、立派な人にはなれないよ――

　そう言われて、ちょっとびっくりしたし、もっと褒めてもらえると思ったのにな、そうがっかりもしたけれど。
　でも、確かにそうかもしれない、そう思って。
　故郷を出て、このセントシュタインにやってきた。

　セントシュタインは、とってもにぎやかで、故郷では見たことのないような人も、たくさんいて。
　修行をしたいなら、ここに行きなさい、そう言われて入ったルイーダの酒場には、さらにいろんな人がいて。

　ここに登録すると、いろんな人から冒険に誘われるのよ、それはきっと、とてもいい修行になるわ――綺麗な酒場のおねえさんから、そんな説明を聞いて、登録して……間もなく、声をかけられた。

　その人は、黒騎士を退治にいくそうで。
　黒騎士っていうのはとっても強くて、この国のお姫様を狙っている、悪い人で。

　おかげで、国の皆は怖がっている。
　だから、その人を倒せば、きっとみんな喜んでくれる。
　そのために、あなたの力を貸してほしい……そう言われ、もちろん僕は引き受けた。

　もともと修行のためもあるから、どんな誘いでも、断るつもりはなかったけれど。
　それでもやっぱり、旅の目的は、誰かの助けになる方がいい。

　しかも、その人はなんと、妖精と一緒に人助けの旅をしている、天使様だというのだから。
　人助けの、それも天上で神様に仕える天使様の旅に同行できるなんて、僕はなんという幸運だろう！

　……その夜、宿で一緒の部屋になった武闘家さんに、本気であの女が天使だって信じてるのか？と呆れまじりに聞かれたり、僕の後ろになった、かわいい女の魔法使いさんにも、似たようなことを言われたけれど。

　……それでも、僕にはうそだと思えなかった。

　だって、彼女がうそをつくように人には見えないし。
　それに、わざわざそんなうそをつく理由も、僕には思い当たらなかったから。

　それから、しばらく旅を続けて。

　最初の目的通り、怖くて強い、黒騎士と戦うため、魔物を倒して、お金をためて、装備を整え。
　ついに黒騎士と戦って。
　勝って、後を追って、魔物がいっぱいの、昔滅んだ国の城に行ったり、関所を抜けた先の町で、人々を蝕む病魔と戦ったりして。

　……僕はますます、彼女が天使様だと確信を持った。

　だって、本当に妖精や、死者と話してるとしか思えないような、そんな奇跡を見せてくれたし、一度なんて、みんなの目の前で、浮いて見せてくれたんだ。
　……やっぱり彼女は、天使様にちがいない。

　しかも、どうやら天使様のふるさとに戻るめどが立ったみたいで。

　一晩セントシュタインに泊まって、明日には天使界に行けるかもしれない。
　もしできるようなら、天使様のふるさとを案内してくれる、そう約束してくれたんだ。

　本物の天使様と旅ができる、それだけじゃなく、天使様のふるさとを、見ることができるかもしれないなんて。
　自分の幸運が怖いくらい、いや、これもきっと神様のおぼしめしだ！

　僕が嬉しい気持ちを抑えきれず、笑いながらいつもより長いお祈りをしていると、いつものように同じ部屋になって、先にベッドに入っていた武闘家さんに、さっさと寝ろ、と毛布の下から声をかけられた。

　思わず、まだお祈りが途中なんです、と言ってしまったけど。

　武闘家さんは、明日天使界に行くんだろ、お祈りなんてそこでゆっくりすればいいじゃねえか、と言ってくれて……武闘家さんも、彼女の言葉が本当だと認めてくれたんだ、と思ったら嬉しくなって。

　大急ぎでお祈りを終わらせて、自分のベッドにもぐりこんだ。

　……天使界、それはどんなところなんだろう。
　きっと、見たこともないぐらい、美しい場所に違いない。
　楽しみだ、本当に、楽しみ……。

　そんなことを呟いて。
　まだ見ぬ天使界を夢に描きながら、僕はゆっくりと眠りについた……。

　僧侶が笑顔のまま、完全に眠ったのを見届けて。

　「……今日が人生最後の夜じゃないといいけどな……」

　同室の武闘家がそう呟いたことを、僧侶は知らない。

―fin

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