偶然は二度重ならず

　手をひかれ、少しこわばりながらも足を進める。
　たしかに、足元には地面が見えない。
　でも、歩くたび足を進めるたび……金属的な音がして、わたしの足のすぐ下に、しっかりとしたなにか……足場があるのを感じる。

　……下を見ているのがなんだか怖くなって、わたしは顔を上げる。
　わたしの手を握り、進む彼女と目があって……彼女は、いつものようににっこりと笑った。

　……もう少し、あと何段かのぼった先には、いつもわたしの前を走る仲間が、宙に浮いたまま、わたしがそこへたどりつくのを待っている。

　――やっぱり、彼女は本当に天使なのかもしれない。

　……あたたかい彼女の手を握りながら、わたしは彼女と出会った日のことを、思い返していた。

　魔法使いという職を選んだことに、そこまで深い意味や思い入れはない。
　ただ、本を読むのが好きで、物を覚えるのが、けっこう得意で。

　そういうのを生かせるお仕事で、わたしにもできそうかも、そう幼いころになんとなく思ったのが、僧侶か魔法使いだった。

　すこし迷ったけど、僧侶はなんとなく修行がきびしそうなイメージがあって、それで魔法使いを選んだ。
　近くの魔法使いの先生にたのんで、修行して。魔法を覚えて、なんとか、魔法使いの資格を得て。

　けれど、魔法使いというのは、呪文をただ覚えるだけじゃダメ、いろんな場面で、冷静に、きちんと魔法を使いこせないと、一人前の魔法使いにはなれないよ――

　……そう、魔法使いの先生に言われて、セントシュタインへやってきて……だいたい、あの場所にいる人たちと同じような理由で、ルイーダの酒場に登録して間もなく、彼女にパーティに誘われた。

　男の人ばかりのパーティだと、やっぱりどこか疲れそう。
　できれば、自分以外にも女の子がいるとうれしいな。
　そう思っていたから、酒場の一番えらい人、ルイーダさんに、とりあえずやってみたら、そうすすめられて、ひきあわされて。
　彼女がいたときは、それも彼女が旅のリーダーだと聞いたときは、ちょっと安心してため息をついて……数分後「私、天使です、妖精が見えます」という彼女の発言に、別の意味でため息をついた。

　ただ、妖精というのは、職業によっては普通に見える人もいる、と先生に聞いたことがあるから、それはウソだとは言えないし。もしかしたら、そういう環境で育って、自分は天使だと思いこんじゃっている人なのかもしれない。

　そのときはそう思ったし……どちらかと言えば、その話を真っ向から信じきって、彼女を質問ぜめにしている僧侶の行く末の方が、よっぽど心配だった。

　だから、正直、よくて半信半疑だった。

　彼女が悪い人じゃないことは、旅をしていてすぐわかったし、確かに幽霊を見たり、話したりできるようだなって、思ったけれど。
　だけど普通の人間でも、そういう人は、いないわけじゃないし。

　それに、仮に彼女の言葉がすべて本当だったとしても、少なくとも今のわたしには見えない、聞こえないことばかりだから、結局、なんとも言いようがなくて。
　……だからあんまり、そこにはふれない、気にしないように、つとめてきた。

　けれど、ちょっと用があるの、そう言って彼女に、セントシュタインの西、峠の道へ連れられて。
　どうするのかな、と眺めていたわたしたちの目の前で、彼女は上っていったのだ。

　見えない階段、そうとしか形容できないものを、やすやすと。

　そしてなにかがすべるような音をたてて、しばらく宙に浮いて、なにか揺れて、誰かと話して。
　……また、音を立て、見えない階段をおりてきて。
　びっくりしているわたしたちを前に、驚かせた、ごめんなさい、と少しバツが悪そうに笑った。

　……彼女が言うには、わたしたちには見えないけれど、そこには天の箱舟って乗り物があって。
　その乗り物で、天使界っていう、彼女の故郷に戻れるかもしれない……って、そういうことだったけど。

　だけど目の前で見ても、わたし、まだ信じられなかった。

　なにか、そう、なにかのトリックかもしれない。
　聖水とか、そういう姿を隠すアイテムか呪文を使って、見えなくしたのかもしれないし、もしかしたら、わたしの知らない魔法や、ホイミスライムのようになにか宙に浮く、そんな特技を使ったのかも。
　世の中は広いもの。わたしの知らない、そういうものがあっても全然おかしくないわ……なんてことを考えて、心の中で否定してた。

　自分でも、どうしてそんなことを思うのかわからない。
　妖精の存在は別にいい、天使なら天使でいいじゃない。そもそも知らない特技の存在は認めるのに、見えないなにかの存在は、否定するなんておかしいわ。

　――それなのに、そう思っているのに、
　　　　なぜか、彼女がそうであることを、どこかで否定したい自分がいて。

　なんでだろうなあ……握られた手から、彼女の体温を感じながら、わたしはそんなことを呟いて、見えない階段をのぼりきった。

　やっぱり見えない、自分でも、浮いてるようにしか見えないけれど、確かにわたしの足の下には、固い面が存在していて。
　そのまま手をひかれ、見えないまま、縦の面に……どこかの壁にもたれかかって、落ちついた。

　――大丈夫？

　ゆっくり手をはなして、わたしにたずねる彼女の顔は、やっぱりいつもとおんなじで。
　わたしがうん、とうなずくと、

　――たぶん、この後、もっと地面が遠くなるから……怖いなら、目をつぶっていて。
　　　　着いたらちゃんと、教えるから。

　そう言って、少し歩いて。
　見えない誰か……たぶん彼女のいう「妖精」と話して、間もなく、見えないまま、わたしのまわりが揺れ始めた。

　……本当に、ふしぎで、信じられない。
　……でもわたし……見るだけでなく、こうやって、体験しているのに、どうしてこうも疑い深いんだろう？

　――出発するよ

　彼女の声が、揺れの中で、大きく響く。

　……きっとわたし、まだ混乱しているんだ。
　新しいことに出会うと、そこまですぐには、なじめないことも多いもの。
　そう、きっと彼女のいう故郷に……天使界にいけば、それを目の当たりにすれば、わたしもきっと納得できる……きっと、信じられるはず。

　そんなことを、心の中でくりかえしながら。
　わたしは、高らかな汽笛の音を耳にした……。

――fin

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