麗しきわが故郷

　「……ふうっ」

　眠った仲間を、できるだけ床から浮かせたまま、後部車両に運び、客椅子に寝かせ。
　３人、同じ作業が全員分終わったところで、私は大きく息をついた。

　妖精のサンディや、天使界まで空をかける乗り物、天の箱舟の姿が、人間である仲間に見えないのは、もともと承知の上だったが……まさか箱舟が発車した瞬間、３人が３人とも、意識を失って倒れてしまうとは。

　最初は箱舟が急上昇したせいか、それとも眠ってしまったのかと思い、軽く声をかけたり、揺らしてみたりしたのだが……結局、まったく起きる気配がなかった。

　――どうやら、人間がこの箱舟で意識を保つのは難しいみたい。

　運ぶ際の、そして箱舟の振動にも全く動じず、ぐっすり眠る仲間の寝顔を見ながら、私はそう呟いた。

　どちらにせよ、今この箱舟はずいぶんと高いところを走っている。
　扉も窓も閉まったこの状態なら落ちる心配はないとは言え……その扉も窓も、いや、壁や床さえ見えない状態で、目が覚めて空の上、じゃさすがに驚くだろうし、怖がらせてしまうかもしれない。

　――しばらく、寝かせておく方が得策かな。

　私はそう決めて、ふくろから適当に布をとりだし、眠る仲間の上にかけた。

　……箱舟に乗っているとはいえ、この高さ。
　私も少し、寒さを感じる。
　……人間であれば、余計に寒いに違いない。
　それも意識のないこの状態で放っておいて、起きたら風邪をひいてました、ではさすがに申しわけがたたない。

　……そんなことを考えながら、全員に布をかけ終わったところで、私はふと思い立って、装備品袋の中をさぐる。

　――あった。

　しばらくごそごそと音を立てた後、目的のものを見つけると、私はそれを手に、後ろの車両へと向かった。

　防具を外し、武器を置き。
　数分後、私はすっかり天使の格好に戻っていた。

　天使の服に天使タイツ、そして天使のブーツ。
　できるだけきっちりと、それらを身につけ、軽く全体をチェックする。
　もともと、やわらかい素材ではあるけれど。
　それでも、変なシワや折れ目がついているのは、さすがに避けたい。

　一通りチェックし終わり、よし、これで大丈夫！そう自分に気合を入れたところで、車両前の金属の扉が、音を立てて横に開いた。

　「ちょっ、もうすぐ着くんですケド……なにやってんのアンタ」

　サンディが、そう言って私の姿をまじまじと見つめる。

　――服装の乱れは、心の乱れだから。

　私がそう、師匠の言葉を借りて答えると、彼女は「はあっ？」と不満げに眉をよせる。
　ごめん、わからないよね、私は軽く謝って、サンディに着替えたわけを話した。

　天使界に戻る前に、正装に着替えておきたかったこと。
　輪と翼は、無理だけど……せめてできる範囲で、ちゃんとしたいと思ったことを。

　私の師匠、そういうのきっちりした人だから、恥ずかしい思いさせたくないし……そう、私が全部を言い終わる前に、サンディが口を開いた。

　「……アンタさ」

　そう言って、私の顔の周りを、羽音をならして飛びまわる。
　どうかしたのか、そう尋ねると、サンディはきゅっと器用に音を立てて止まった。

　「アンタのそういう顔、初めて見たんですケド」

　そうかな、そんなにいつもと違う、そう聞くと、サンディは少し考える。

　「んー、いつもはもっとなんていうか……キツい？」

　……じゃあ、今は。
　思わず続けてそう聞くと、サンディも続けて、

　「んー今は……だらしない？」

　そう私を見つめて言いきった。
　あまりの言われように、さすがに私も抗議するが、サンディはなぜか、楽しそうに宙を飛びまわる。

　「……ま、いいんじゃないの。
　　それだけアンタには、天使界が落ちつける場所ってことでしょ？
　　まあ、アタシにはカンケーないことですケド」

　そこまで言うと、方向転換し、そろそろ着くからねー、と言葉を残してサンディは運転席に向かった。
　もう、軽くそう呟くと、私も扉を抜け、二両目に向かう。

　――もうすぐ、もうすぐ天使界に着く。

　皆は元気かな、大丈夫かな、まず何から話そう、何を聞こう……そんなことを考えながら、窓から外の景色を眺め……心なしか雲が厚く、どんよりとした空気が漂っているように見えた。

　雨でも、降るのだろうか。
　――でも、たまには雨になった方が、世界樹も喜ぶよね。

　……そんな気楽なことを思いながら。
　私は箱舟が天使界に着くのを、今か今か、と待ちわびていた……。

―fin

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