妖精のささやき

　ガタン、そんな音と激しい揺れで、目が覚めた。

　あわてて身を起こすと、半透明の乗り物の……天使様が僕たちを乗せてくれた、天の箱舟の中で。
　思わずあたりを見渡すと、セントシュタインの城と町、そして音を聞きつけたのか、目を見開いてこちらを見つめる人たちが、たくさん映った。

　なんだかもうしわけなくて、すみません、とあたりに頭を下げながら、天の箱舟の中を見まわす。
　そして武闘家さんと魔法使いさんが、車両をつなぐ扉のところで倒れているのを見つけ、あわてて近寄り、揺り起こした。
　２人ともすぐに起きて、何がどうなっているのか聞いてきたけど……起きたばかりの僕に、わかるはずがない。

　とりあえず一度ここから出ましょう、そうでないと僕たち、町の入り口でいつまでも浮いてることになってしまいます、そう２人を説得して、天の箱舟から降りると、どういう理屈か、天の箱舟は急に動き出し……少しセントシュタインの入り口からはなれたかと思うと、姿を消した。

　――……いったい何がどうなったんだ、それに彼女は。

　天の箱舟が消えた後、武闘家さんがそう言って辺りを見渡し、彼女の姿をさがしたけれど、影も形も見つからず……しかたなく、僕たちはセントシュタインの町に入り、行方をさがすことにした。

　けれど、丸一日歩き回っても、彼女も、彼女からの伝言らしきものも、見つからず……。

　――もしかして、天使の国に帰っちゃったのかな。

　日が暮れて、ルイーダの酒場で食事を取っていると、魔法使いさんがそんなことを言いだした。

　……それならいいと、思ったけれど。
　けれど……どうも、そんなふうには思えない。

　――そうだとしても、せめてことづてや、メモのひとつも残しておくもんじゃないか？

　武闘家さんの言葉に、僕もうなずいたし、そうだよね、と魔法使いさんも同意する。

　そう、そうなのだ。……結局、みんなわかっているんだ。

　勝手にどこかに行く人じゃない、でも今、姿が見えず、連絡もない。
　……それはつまり、彼女の、天使様の身に何かあった、そういうことじゃないかって。

　だけどさがそうにも、助けようにも、なにひとつ手がかりがない。
　……だからみんな、こんな暗い、重苦しい顔で食事をしているのだ。

　せっかくの食事、感謝すべき神様からのご褒美なのに、全然、味が入ってこない。

　……もしゃもしゃと、目の前のサラダを、僕が無理やり口につっこんでいると、急に僕のグラスが、音を立てて前に倒れた。
　なみなみとミルクの入っていたグラスは、横倒しになり、木のテーブルに白い水たまりを作る。

　――あーあー、なにやってんだ。

　武闘家さんがそう言いながら立ち上がり、カウンターに布をもらいにいこうとする。

　――いえ、違います、これは僕じゃない……

　「待って！」

　そう、僕が口に出すより先に。
　魔法使いさんが、声を上げた。

　彼女の大きな声にびっくりして、僕も武闘家さんも、その場で足を止め。
　ぱっちりした目をさらに大きく広げて、じっとテーブルの上を見つめる彼女につられ、僕たちもテーブルの上に、視線を向けた。

　……ストローがミルクの上につきささり、テーブルに何やら文字を書いている。

　――これは……天使様の、名前？

　テーブルを凝視する僕たちの前で、その不思議な現象は続き……天使様の名前に続いて、ナザム、ダーマ、西……とそこまで続いて、最後に、僕たちはそれぞれ袖を、酒場の出口に向かってひっぱられた。

　「もしかして……あなた、サンディ？」

　魔法使いさんがそう聞くと、一瞬、キラキラと小さくピンクの光が飛んで。

　「天使様が、ナザムってところにいるんですね？」

　続いた僕の言葉が終わるや否や、服を思いっきりひっぱられ、

　――そーよ、さっさと来なさい！

……そんな声が、聞こえた気がした。

　「よし、行くぞ！」

　武闘家さんの声を受けて、僕たちは一斉に店の出口に走り出す。

　――ちょっと、あなたたち！

　背中から聞こえるルイーダさんの声に、

　「――ごめんなさい、今度うめあわせしますから、あとはよろしくお願いします！」

僕は後ろを見ないでそう叫んだ。


　早く、早く行かなくちゃ。
　天使様は、きっと僕らを待ってる。

　待っててください、天使様。
　すぐに、今すぐ行きますから！

　そんなことを、心の中で叫びながら。
　夜の大地を、僕たちはひたすら走り続けた……。

――fin

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