ここで待つ

　扉が開く、音がして。
　わたしたちは、一斉に入口を見る。
　そこには、何度か見たことのある顔があって。

　――……ちがう。

　そう思うと同時に、思わずため息がもれた。

　「……あの、ルイーダさん……」

　「なに？」

　たった今、入店と同時に期待と失望の視線をそそがれてしまった冒険者が、カウンターまでやってきて、酒場の女主人、ルイーダさんに話しかける。

　「あの、ぼく、なにか悪いことをしましたか？
　　ぼく、ああやって注目されて、がっかりされるの、もう３度目なんですけど……」

　「ごめんなさいね、あなたが悪いんじゃないんだけど……」

　そこまで言って、ルイーダさんはちらりとわたしたちに視線を向ける。

　「……あの子たち、人待ちをしているの」

　……はあ、といまいち納得しきれていない返事が聞こえた。

　箱舟から落ちた彼女を助けてくれた、ナザムの村を出発し、途中で出会った女性の幽霊の力を借りて、旅に必要な力が眠るという、魔獣の洞くつを突破して。
　黒い竜とかつて戦い、退けたという英雄をまつった、ドミールの里に続く道、竜の門と呼ばれる谷に、魔獣の洞くつで得た力で光の橋を架けたのが……今からおよそ、二週間前。

　ドミールの里には、黒い竜と戦うための、何か手がかりがあるかもしれない。
　そう希望を抱き、長い長い道のりを越え、わたしたちはドミールの里にたどりつき。
　町長さんの許可を得て、その英雄さんがいるという、ドミール火山へと続く道を抜け、その英雄さんに会ったのだけど……。

　正直、ひどい人だった。
　……いいえ、人じゃなくて、ひどい竜のおじいさんだった。

　暑い火山の道を抜け、やっと会えたと思った途端、帝国の匂いがする、おまえたちは敵だな、そう言って、問答無用で襲われて。
　しかたなく倒したら、生き恥はさらさない、殺さば殺せ、と話も聞かずにわめきたてるし。

　そこに、町長さんのお母さん……長老のおばあさんがやってきて、やっとわけを話してくれて。
　……これで誤解がとけて話しあえる、そうほっとしたのもつかの間だった。

　――とにかくおまえらが気に食わん！

　……なんて怒って、頼みの綱だと思ったおばあさんも、この人こう言ったら聞かないから、さっさとここから出てってくれ……って言うんだもの。

　……旅のリーダーの彼女が、それならしかたない、って従うから、わたしたちもおとなしく帰ることにしたけれど……正直、そうじゃなかったら、最後に氷魔法のひとつもぶつけたいところだった。

　それで里まで戻ってみれば、彼女とサンディいわく、わたしたちも乗っていた箱舟を攻撃した、悪い帝国の手先が、村を襲いに来ていたものだから。
　……いつもより、戦いに気合いが入ってた理由は、正直、正義感だけじゃなかった。
　たぶん、他の仲間もそうだと思う。

　それで、半分腹いせ混じりにやっつけた、悪い人たちが帰ったら、その竜のおじいさんが、今度は彼女を呼びつけた。
　それもお酒を持ってこい、しかも一人だけ、仲間をルイーダの酒場にあずけて、完全に一人で来い。そうじゃなきゃ話を聞かない……って言うんだもの。

　なんて勝手な人……ううん竜なのかしら。
　わたしすっごく腹がたって。
　あんな人の言うこと聞くの？って思わず彼女に言ってしまった。
　そしたら彼女、困った顔して。

　――話はしなきゃいけない。
　　　　だってそうじゃないと、せっかくみんなに力を貸してもらってここまで来たことが、
　　　　無駄になっちゃう。

……って。

　そんなこと言うから、わたしそれ以上怒れなくて。
　しかたなく、みんなと一緒に、この酒場で待つことにした。

　――話が終わったら、すぐ戻ってくるから

　――絶対よ、絶対だからね？

　そう約束して、この酒場で、出ていく彼女を見送ったのだけど……。

　……あれから七日。
　彼女はまだ帰ってこない。

　最初は一日二日はしかたない、でも早く戻ってきて、そう思っていたけれど。
　そのうちだんだん気になってきて。
　勝手にドミールまでむかえに行っちゃおうかしら、でもそれですれ違いになんてなりたくないし、そう思うと動けなくて。

　おかげでわたしたち３人、酒場に人が来るたび、ものすごい勢いで視線を投げかけてしまうようになって……さすがに、ときどきルイーダさんや、宿屋のリッカさんに怒られる。

　――でも、しかたないじゃない。

　約束したんだもの。
　すぐ戻って、むかえにくるって。

　わたし、たくさん彼女の話を聞きたい、話したい。
　それに、言いたいこともあるの。

　わたしね、最初、あなたが天使だって言った時。
　そのとき、信じてなかった。
　そのあと、たくさんいろんなことがあって。
　それでも、信じたくないって思って否定した。

　……なんでか、わかる？

　……わたしね、いやだったの。
　……あなたが遠い存在になるのが、いやだったの。

　初めての冒険で、初めてのパーティで。
　女の子同士、いちばん近い仲間、そう思っていたから。
　だから、あなたが天使だって認めたら、どっか遠くに行っちゃう気がして。
　それがわたし、いやだった。

　……でも、今はちがう。
　あなたが天使だって、ううん魔物だって、いっそ悪魔って言われたってかまわない。

　だって、あなたはあなただもの。
　わたしの大事な、大事な友達。

　だから、早く帰ってきて。
　わたし、あなたに謝って。
　そして、もっとあなたの話を聞きたい。
　あなたの悩みに、もっとつきあって、一緒に悩んで、あなたの力になりたいの。

　イヤなことあったら、愚痴っていいから。
　つらいことあったら、聞くから。
　なぐさめて、一緒に泣くぐらいしかできないけど……でも、一人で泣かないで。
　わたし、いるから、一緒に、いるから……。

　騒がしい酒場の中で。
　むかえにきた相手にかける言葉を、一生懸命考えながら。
　わたしたちはじっと、彼女の姿を待ち続けていた……。

――fin

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