つたえたいこと

　戦って成果を上げて、いつもの……セントシュタインの宿に泊まることになって。
　やけに気持ちが盛り上がって、やたらとしゃべって、飯を食って。
　部屋のベッドにもぐりこんで、しばらくして……寝れないことに、気がついた。

　まさか、そう思ってどうぐぶくろを見ると、案の定、入ってた。
　戦った後もテンションをキープするアイテム……「ぶとうかの秘伝書」が。

　――あー、やっちまった……。

　そういえば、今日最後のボス戦で、必殺技を使った覚えがある。
　相手をひるませ、そのすきに仲間がボスを倒した……のはいいのだが、そのときに同時に上がったテンションを、下げることなくここまで来てしまったらしい。

　――しかたねえなあ……。

　上がったテンションを解消するため、一人で部屋を、町を出て。
　適当な敵をぶち倒して、すっかり夜も更けたころ、一気にわき上がってきた眠気と共に、オレは宿の前まで戻ってきた。

　さすがにみんな寝てんだろうな、そう思って宿を見上げると、宿の窓から空を眺めてる仲間が……あいつが、見えて。

　――なにやってんだ？

　思わず、そう口に出した。

　その声が届いたのだろう、あいつは空からオレに視線の向きを変えて、

　「うん、空……見てた」

そう、言った。

　――楽しいか？

　眠くて半分働かない頭のまま、ついそう返すと、あいつは軽く苦笑する。

　――明日もあるんだから、早く寝ろよ。
　　　　じゃないと、体力回復しないぜ？

　オレがそう話をしめると、ありがとう、そう言われ。
　あー、おやすみー、と手を振って、部屋まで戻って、水をのんで……やっちまった、と落ち込んだ。

　……ちょっと考えれば、あいつが……元天使のあいつが、空を、星を見ている理由なんて、すぐわかったはずなのに。

　――星になってしまった仲間を思ってたんだろ、そりゃ……。

　……天使のあいつは、いろいろあって、この地上に……人間界にやってきて。
　旅の末、いろいろあってぐれちまった天使を倒すため、天使の力を捨てて、人間になった。

　――これで世界を……人間も、天使も守れる。

　そう言って、一緒に悪い天使と、その部下どもをぶち倒して。
　その結果……悪い天使と、いい天使は、あいつの故郷ごと、星になった。

　……悪い天使はともかく、いい天使も。
　しかもそれをやったのが、あいつに世界を守れ、人間になれ、って言った女神様ときたものだ。

　正直、やることがわからない。
　そんなことをしたうえで、消える天使界の中、あいつにありがとうとか言い放ったときには……なに考えてんだ、とさすがに言葉を失った。

　全部終わって、地上に降りて。
　やれるならその女神とやらもぶち倒そうか、オレはそう言ったが、あいつは、気持ちは嬉しい、でも私幸せだから、そう言ったきり、それ以上、何も言わなかった。

　……それで星を見てた現場にあっての、オレの発言。

　いくら自分の頭がいいとは思ってないとはいえ、眠いさなかとはいえ……もうちょっとなんかあっただろう、オレ……。

　自分の発言にほとほと落ち込み、あー、とかうー、とか声をもらしていると、先に自分のベッドで寝ていた、同室の僧侶がむっくりと体を起こした。

　「ちょっと……武闘家さん。ぼく眠いんですから、いいかげん静かにしてくださいよ」

　しかたねーだろ、やっちまったんだから、そう腹立ちまじりに文句を言うと、

　「そりゃさっきからぶつぶつ言ってるから話はわかりましたけど。
　　別に彼女も気にしてないと思いますよ。
　　そもそもそこまでのデリカシーを武闘家さんに期待してないと思いますし」

と眠たげに目をこすりながら言い返される。

　――このヤロウ。

　オレは黙って立ち上がると、部屋のランプに火をともした。

　「……ちょっと！なにするんですか。僕まだ眠い……」

　ランプに照らされ、昼のごとく明るくなった部屋に文句を言う僧侶の服をつかむと、オレは無理やり、僧侶を部屋のドアまでひきずっていく。

　「ちょっと、なんなんですか！」

　まだ枕を抱えて抵抗する僧侶に、オレはできるだけドスをきかせた声で言った。

　――飲みに行く、つきあえ。

　はあっ！？とすっとんきょうな声を出す僧侶に、オレは無理やりまくしたてる。

　――このままじゃ寝れない。だから下の酒場に飲みに行く。おまえもつきあえ。

　「嫌ですよ、僕眠いしお酒飲めないし！
　　だいたい武闘家さん、絶対愚痴るつもりでしょう！？
　　いやです明日もあるんです僕は眠いんですこの部屋で寝てたいんです！」

　そう言って、器用に枕を持ったまま手足をバタバタさせ抵抗する。
　……往生際の悪いヤツだ。オレはとっておきの手を使った。

　――へー、じゃあオレが一人酒場でクダ巻いて酔いつぶれて、あいつにひきとられてもいいと、
　　　　おまえの代わりにあいつが寝れなくてもいいとそう言うんだな。
　　　　あー薄情な仲間を持ったなあいつは。それ知ったら魔法使いもなんて言うかなー。

　「…………武闘家さん」

　あいつ、そして魔法使い。このキーワードにこいつが弱いことを、オレは知っている。
　
　「……最低です。

　　……少しだけですからね、つきあうの」

　そう言って憮然としたまま、赤い目をした僧侶は、枕を離して立ち上がった。

　――あー、はいはい、わかってる、少しにしとくから。

　オレは手を離し、ドアを開け、下り階段へと向かう。

　――少し、そう少しだけだ。

　自分のバカっぷりと、あいつに対する女神とやらの仕打ちの、納得のいかなさと。
　……未だに少しもオレを意識しない、あいつへのもどかしさ。

　その程度のことをひととおり、飲んで２回も愚痴ったら、オレの気もすむはずだ。

　――たぶん、な。

　僧侶には聞こえないように、つけくわえ。
　オレは酒場への階段を、一歩一歩下りていった……。

　……酒場で飲んで、約30分。

　机を枕に、気持ち良さそうに眠る武闘家さんを前にして。
　僕はコップに残った水を、一気にのみほした。

　……いつもどおりだな。

　だらしなく眠る武闘家さんを見ながら、僕はそう呟く。

　くだを巻くと、長い人だから。
　酒場の主人のルイーダさんも、こういうときはよくわかっていて。
　わざと強めのお酒を、武闘家さんに出してくれるのだ。

　普通のお酒だと、そこそこ普通に長引くけれど。
　この人、強いお酒には、意外と弱い。

　「じゃあ、どうもお邪魔しました」

　そう、コップを置いて頭を下げると、

　「はい、いつも大変ねー」

ルイーダさんはにこにこしながら、僕を送り出してくれた。
　……肩に背負った、寝息を立てる武闘家さんと共に。　

　……なんとなく、部屋に入ってきて妙な声を出していた時から、こんなことになる予想はしてたし、何度も付き合わされていいかげん慣れたから、運ぶのはそれほど苦ではない。
　それに、眠いとはいえ……つい失礼なことを言ってしまったことは自覚している。

　……何より、武闘家さんの気持ちも、わからなくはないのだ。

　……あの一連の冒険の中で。彼女……天使様は、最初から最後まで、優しかった。

　初めて会ったとき、浮かれて質問攻めにする僕に、困りながらも、ちゃんと一つ一つ答えてくれて。
　誰かを助けるために、自分の身体を惜しまず使って。
　……そこまでしなくても、僕でさえそう思ってしまうような依頼のために、いつも手を尽くしていた。

　もうすぐ見えなくなるかもしれないから……彼女が人間になる前、そう言って、約束通り案内してくれた天使界は、確かに思っていたのとは違ったけれど。

　それでも、ひとつひとつを丁寧に説明してくれる彼女の言葉からは、彼女がここを大事に思っている、愛しているということが伝わってきて……戦いが終わったら、僕もこの天使界の復興の力になりたい、そう説明を聞きながら思ったものだ。

　それなのに、そんな彼女が、大事な人を、そして故郷とその力を失わなくてはいけないなんて。

　神様、天使様を信じ、尊敬していた僕だけど、あのときばかりは……神様はなんてひどいのだろう、そう思って、少し神様を嫌いになった。

　だから武闘家さんが怒る気持ちは、よくわかる。……それに。

　誰かを好きになるっていうのは、どうしようもないことで、他の誰かがどうにかできる、そういうことじゃない。
　だから彼女が、失ってしまった人を今でも思って、心が止まってしまっていること、そしてそんな彼女が好きだけど、好きだからこそどうしようもなくて……それで、武闘家さんが一喜一憂しているのは、僕にもわかる。

　だって、僕も……僕も、魔法使いさんを、好きになったから。
　だから、いろいろともどかしい気持ちも、たまに飲みたい気持ちも、わからなくもない。

　――とはいえ、それをネタに脅すのは言語道断ですけど。

　階段をこえ、部屋に入り。
　眠った武闘家さんをベッドの上にほうりなげて、僕はそう呟いた。

　「……あんまりこういうこと続けると、
　　今度は僕が彼女にバラしちゃいますよー」

　いびきで返事する武闘家さんに、半分冗談、半分本気でそう言って。
　毛布をかけると、僕も自分の毛布をかぶり、ランプをふうっと吹き消した。

　――おやすみなさい。

　聞こえないとわかっていながら、そう言って。
　大好きな人の姿を思い浮かべながら、僕はゆっくり、瞳を閉じた……。

　……なんとなく、ノドがかわいて、目が覚めて。
　部屋を見渡すと、彼女がいなかった。
　……いつものように同じ部屋になった、彼女が。

　ドアの向こうで物音がしたから、彼女かな、そう思って少しドアを開けてのぞいたけれど。
　僧侶の彼が、酔って寝ているらしい武闘家を背負って、部屋に入るところで。

　あー……お疲れ、そんなことを呟いて、とりあえず扉を閉めた。

　――外に行ったのかな。

　そう思って、窓からのぞいてみたけれど。
　彼女の姿は、見当たらなかった。

　もしかしたら、彼女もなにかを飲みにいったのかもしれない。
　それとも、寝れなくてちょっと散歩してるのかな。

　そんなふうにあたりをつけて。
　わたしはベッドに腰をかけ、窓の外の夜空を眺めた。

　――彼女が時々、空を見上げているのは知っていた。

　なくした故郷を、仲間を思って。

　……彼女が人間になる、そう言った日、わたしは聞いた。

　――さびしくない？
　　　　故郷も、仲間も見えなくなるなんて……なくしちゃうなんて、さびしく、ないの？

　……今思うと、ひどいことを聞いた気もする。
　だけど、聞かずにはいられなくて。
　……彼女は答えた。

　――見えなくても、聞こえなくても、なくなるわけじゃないから。
　　　　あるってだけで……ちゃんと同じ世界に存在してる、生きてるって思うだけで、幸せだから。

　そう……見てるこっちが泣きそうになるような顔で、そんなことを言って。
　それで、人間になった結果が……女神さまの手で、故郷も仲間も星になったなんて。
　……わたし、本気で腹が立った。

　おまけに人間界からは、天使の記憶がなくなって。
　彼女が天使としてやってきたことも、世界中に残る天使の……彼女の仲間の生きてた証、そしてその名前すら、地上のどこにもなくなった。

　戦いが終わって、世界をまわって。
　武闘家が、なんならあの女神ぶっ飛ばそうか、そう言ったとき、わたしまったく止めなかった。

　……ううん、むしろわたしが言いだしたいぐらいだった。
　女神だか何だか知らないけど、あなた何なの、何様のつもりなの？って。
　……２、３発、火の魔法で……メラゾーマでひっぱたいたって、罰は当たらない、ってそう思うわ。

　だけど彼女は。
　名前の消えた天使像を見ながら、こう言った。

　――私、覚えてる。思い出が残ってる、
　　　　それにあなたも……私のことで怒ってくれる大事な友達が、仲間がいるから、私は幸せだよ。

　そのあと、気持ちは嬉しいよ、って言ったし、それも本心だとは思うけど。
　……でも、やっぱりひどくない？あんまりじゃない？って、星空を見るたび、わたし今でも思ってしまって……。

　――そうだ、言ってなかったことがある。

　わたしは不意に、思いだした。

　彼女が、最後に天使界に行ったとき。
　女神の果実を渡されて、人間になって戦いなさい、そう女神さまに言われた後。

　そのときには、天使や妖精、それに見えなかった箱舟がはっきりと見えて、動く箱舟の中も歩けるようになっていたわたしたちに、彼女は故郷を……天使界を案内してくれた。
　最後のチャンスかもしれないから、約束を果たさないと、そう言って。

　けれど彼女が近くにいることで、天使や妖精が見えるのかもしれないって、そう思うところがあったから。
　だから、あんまり彼女とはなれると……ちょっと危ないかもしれない、そう言われて、あんまり自由に動きまわれはしなかったけど。
　それでもわたしは……天使界で、ちょっとだけ他の天使と話をした。

　彼女が他の天使に話しかけたり、武闘家や僧侶に、ここはこういう場所だって、説明してる間に。
　彼女と同じ部屋に住んでたっていう小さな天使と、友達だって言う、男の子の天使。
　ちょうどそこにいた二人と話して……そのうち、わたし言っちゃった。

　……だって、天使たちってば、脅えるばかりで。
　それで、彼女と話してても、みーんな彼女がなんとかしてくれるよね？……って、そんなことばかり言うんだもの。
　彼女だって、お師匠さまを失ったばかりで、つらいのに、大変なのに、あんまりだって思ったから。

　だから、言ったの。
　……彼女が、人間になるかもしれないって。
　これからもう会っても話しても、わからなくなるかもしれないのよ、それでもいいのって。

　……自分でも、ちょっと意地悪だったと思う。
　だけど、あのときは、言わずにはいられなくて。

　……でも、そのとき、言われたの。
　小さい天使に。

　――それでも、友達だよね。会えなくても、声が届かなくても、友達なんだよね。

　今にも、泣きそうな、そんな顔で。

　……わたし、なにも言えなくて。
　そうしたら、今度は、男の子の天使が言った。

　――それが本当なら、オレ、彼女の守護天使になるよ。
　　　　見えないし、声が届かないから、わからないかもしれないけど。
　　　　それでも、彼女の守護天使になって、ずっと……ずっと守ってやる。

　　　　……だって、友達って、そういうもんだろ？
　　　　そりゃ、今はあいつより、ちょっと力たりないし、かなわないけど。
　　　　でも、借りっぱなし、やられっぱなしなんて、イヤだから、オレ。

　強がってるけど、ちょっとどこかふるえてる……そんな、涙まじりの、顔と声で。

　……やっぱり、わたし、なにも言えなかったけど。
　でも……心の中で、よかったって、そう思った。

　みんな、彼女に頼るばかりで。

　……あれだけつらい思いを、痛い思いをして、それでも守らなきゃいけないの？
　なんで全部、彼女が背負わなきゃいけないの……この場所に、ここにいる天使たちに、そんなに価値があるっていうの？って……そんなこと、思ってたから。

　だから、よかったって。
　……彼女にとって、ここが大事な場所で。
　ちゃんと、彼女と会えなくなること、さびしいって、そう思ってくれる人が、ちゃんといたってことが。
　……うれしかった。

　……だから、よけいに。
　あのことには、腹が立って……。

　それで、言うのを忘れてしまっていた。
　全部終わったら、彼女に伝えよう、そう思ってたのに。

　……よし、そう言って、わたしはコップに水をくむ。
　そしてそれをのみほすと、ひとつ決意を固くした。

　……今日は、彼女を待っていよう。

　そして、帰ってきたら、伝えよう。
　……天使が……彼女の友達が、そう言ってたって。

　わたしに、星の声は……今の天使たちの声は、聞こえないけれど。
　でも、いま、あの子たちの言ってたことを、その気持ちを伝えられるのは……わたししか、いないから。

　……だから、早く帰ってきて。
　この空の下、この星の下で……あなたに、伝えたいから。

　きらきらと輝く星空を見ながら。
　わたしは、更けていく夜の部屋で、彼女の帰りを待ち続けていた……。

――fin

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