やりのこしたこと

　ラヴィエルさんが伝えてくれた、星のまたたきにしたがって。
　女神のいのり、そう呼ばれる宝石を得て、神の国で、セレシアさまに謁見し。
　星の……イザヤールさまのお師匠の、エルギオスさまの思い出の中で。
　私は、まだ私の師匠でない時代のイザヤールさまに出会い……その宝石を、手渡した。

　お守りにでもするよ、そう言って。
　師匠は変わらない、ほがらかな声で笑って……そのまま私は光に包まれ、神の国、セレシアさまのもとへと戻ってきた。

　まだどこか、夢うつつのまま、セレシアさまの話を聞いて。ラヴィエルさんに、会いに行って。
　イザヤールとの……師匠との、思い出の場所にいきなさい、ラヴィエルさんに、そうお礼と共に告げられて。

　……私が向かったその先で、師匠が私を待っていた。

　私の旅が、始まった場所。
　いつかここに来てほしい、そう願って後にした、その場所で。

　……そこで、師匠は振り返って。

　そして私を見て……笑った。

　覚えてる、知ってる、そのままの、師匠の顔で。

　私も人間になった、おまえのくれたお守りのおかげで助かった、ありがとう。
　これからおまえとともに人間界を守ろう……優しい、力強い声で、そう言った。

　そして一緒に、セントシュタインの宿に……ラヴィエルさんのところに戻って。
　二人の話を聞いて、ラヴィエルさんにお礼を言われ。

　お祝いだから奮発するね、私はそう言い、仲間のみんなに豪華な食事と個室を、そうカウンターのリッカにお願いした。

　……それは、本心だったけど。
　私にはもうひとつ、目的があった。

　……もう叶わない、そう思ってた、目的が。

　「ああ、入りなさい」

　……名を名乗り、師匠の部屋の扉をノックして。
　私は返事をして、部屋に入る。

　……広い部屋で、師匠は窓の外を見ていて。
　私が扉を閉めると、どうした、と笑った。

　……私は、唇をひきむすぶ。

　師匠がもう一度、どうしたと尋ねる。

　……私はゆっくり息を吸って、心を決めると。
　言うべき言葉を、ずっと心で繰り返していた言葉を口にした。

　「……師匠……
　　ごめんなさい……！」

　そう言って、深々と頭を下げる。

　師匠が三度目の、どうしたを言ったけど。
　私はそのまま、次に会ったら言おう、ずっとそう、心に決めてた言葉をまくしたてた。

　「ごめんなさい、私……
　　師匠の教えに、背きました。

　　……師匠は、私に言ったのに。
　　天使たるもの、最悪の事態を想定して行動しなさいって。
　　そしてそれを、回避するために動きなさいって。

　　なのに私、帝国で……師匠との再会を前にして……勝手に、思いました。
　　師匠は天使界を裏切ってなんかない。
　　きっと、なにか理由があるって。

　　そう勝手に信じて、それが本当だったことが嬉しくて。
　　……それで、あの日、師匠が傷つくのを……あの男が、師匠に炎の玉を投げるのを
　　止められなかった……！」

　あの日、未熟だったから、勝手に喜びに舞い上がったから。
　だから、動けなかった。
　あの男……皇帝が師匠に攻撃するのを、止めることが、できなかった。

　どうして……どうして私は、あれほど、愚かだったんだろう。　

　一瞬、頭に流れた記憶の痛みに、言葉が思わず止まったけれど。
　師匠は、黙っていてくれて。
　……だから私は、そのまま続けた。

　「それに、その後……そのあとも。
　　師匠は、心を殺さなきゃならないときがある、そう教えてくれたのに。

　　なのに、私、師匠の話を聞くのに夢中になって、
　　まだ大丈夫、勝手にそう油断して、それで、皇帝の、あの男の槍が、
　　師匠の身を貫いて……。

　　……ごめんなさい！
　　私が未熟だったばかりに、私が師匠の教えを守らなかったばっかりに。
　　全部、私が悪くて……師匠は……師匠は……
　　本当に……ごめんなさい……！」

　泣かないように、目と手に、力を込めながら。
　私は、最後まで、必死で声を絞り出した。

　……泣いちゃ、だめだ。
　泣くな、心を殺せ、そう言われたもの。
　それができなかった、それで謝ってるときに、またそうして、どうするの。

　どこまで、過去が、未来が変わっているのかも、どこまで、出来事が同じかも、わからないけど。
　あの日のことを、謝らなきゃ。

　……私が悪い、そのことは。
　師匠が命をつないだところで、何も変わりはしないんだから……！

　歯を食いしばって、唇をむすんで。
　よけいな息が、声がもれないように、ノドに力を込める。

　――ごめんなさい、ごめんなさい……。

　心と体で、何度も呟くその中で。
　……ぽんと、師匠の手が私の頭の上にふれた。

　「……やめなさい。
　　頭を……顔をあげてくれ」

　言われて、ゆっくり顔を上げる。

　師匠が私を見ていた。
　……つらそうな、顔で。

　「……おまえが、そんなふうに思う必要はない。
　　……悪いのは、私だ」

　「そんな……」

　思わず、否定しようとしたけれど。

　「……黙って、聞きなさい」

　……そう言われては、口をはさむわけにはいかない。
　私は黙って、従った。

　「……最初にエルギオスさまのことを……
　　帝国に、天使が捕らわれていることを知ったとき、
　　私は皆に……オムイさまや、ラフェットや……せめて、おまえに話しておくべきだった。
　　……たとえそのときは会えなくとも、いずれおまえに私の意思が届くよう、伝えておくべきだった。

　　……だが、私はそうしなかった。

　　それがどんな事態を引き起こすかも、最後まで考えていなかった。
　　……最悪の事態を想定しなかったのは、私だ」

　そんなことはない、そう言いたくて、思わず首を横に振る。
　やめなさい、そう言われて、私はうつむき、首を止めた。

　「エルギオスさまを助けるのは私だ、そう思い込み。
　　……全部自分一人でできる、そう、心のどこかで思っていた。

　　仲間に、おまえに話せば、もっとちがったやり方が、できていたはずなのに。

　　本当に、やらなければいけないことは……
　　本当に、殺さねばならなかったのは、私の勝手なその心。
　　その、おごった心だったのだ……」

　つらそうに、拳を握る。
　やめてください、そんなこと、言わないでください。
　そう言いたいけど、できなくて。

　……私はじっと、師匠の声に耳を傾けた。
　せめて、その痛みを、少しでも受けとめられるように。

　「……私は、何もできていなかった。
　　本当に最悪の事態を、想定することも。
　　目的のために、自分のおごった心を、殺すことも。

　　それで、おまえを傷つけ、悲しめた……。
　　悪いのは、みな私だ。
　　……本当に……すまなかった。

　　……だから、謝るのはよしなさい。
　　おまえは、何も悪くない。悪くなかった。
　　それなのに、おまえに謝られては……私はどうしていいのか、わからない」

　――でも、だって……。

　つい、そう口にしそうになった私を見て。
　師匠は握った拳を開き、もう片方の……大きな手で、私の頭をなでた。
　……私は、自分の弱さに負けて、泣きそうになるのを、必死でこらえる。

　「……それに、私はうれしかったぞ。
　　あの男の攻撃から、おまえを助けることが、守ることができたとき。

　　……無事なおまえを見て、私は初めて、
　　ああ、ここにいてよかった……そう、思えたのだから」

　最後の顔。
　最後の言葉。
　……無事か、よかった、そう言った師匠のことを、思いだす。

　師匠が微笑んでくれているのに、ちゃんとここにいてくれているのに。
　大きな手のぬくもりですら、痛くて、熱くて、泣きそうになる口を、歯を食いしばった。

　「……だから、もういい。
　　そんなことを気にする必要は、どこにもない。
　　だから……もう、泣くのを我慢するのを、やめなさい。

　　……そんな、無理に感情を殺そうとするおまえの顔を見るのは、
　　おまえが泣くより、ずっとつらい」

　「……でも」

　無理やり、そう言って。
　それでも涙を止めようと、動けずにいる私に、少し困った顔をして、師匠は言った。

　「……わかった。
　　では……師匠として最後の命令だ。

　　……泣きなさい、今」

　……我慢していたものが、一気にとけて。

　驚くぐらい大声で、私は思い切り、泣き叫んだ。
　頭をなでて、背中をさすって。
　そうしてくれる師匠の身体に、思い切りしがみついた。

　まるで幼い子供のように、いや、それ以上……もしかしたら、この世に生まれおちた、そのとき以上に、私は激しく声をあげて泣きじゃくった。

　――師匠、師匠。
　　　　もう、いかないでください。
　　　　どこにも、どこにもいかないで、ずっと、ずっといっしょにいてください。
　　　　もう、もう……どこにもいっちゃ、いなくなっちゃ、いやです

　――わかった、わかった、どこにもいかない、
　　　　約束する、約束するから……。

　そんな、師匠のなだめる言葉を聞きながら。
　私はわんわんと、涙が枯れるまで泣き続けていた……。

――fin

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